第7章:前夜、海は何も言わない

その夜、ほとんど眠れなかった。


波の音は、いつもと同じだ。

海上集落を支える浮きも、軋む音を立てている。

変わらない、何も。


なのに、胸の奥だけが落ち着かなかった。


「戻せるかどうか」


管理人の言葉が、何度も頭の中で反響する。


五大恐魚。

世界を沈めた怪物。

俺から、すべてを奪った存在。


――それを、戻す?


布団代わりの布切れを握りしめる。

指先が、無意識に震えていた。


海を敵だと決めた。

それでも俺は、海でしか生きられない。


笑える話だ。


ふと、天井の隙間から夜空が見えた。

雲の切れ間、その奥。


星がある。


……いや、あれは


いつも、そこにある。

見上げれば、必ず。


何もしてこない。

ただ、浮かんでいるだけ。


なのに――

見ていると、喉の奥が冷たくなる。


「……クソ」


毛布を被り直し、目を閉じた。


逃げるなら、今しかない。

そう分かっているのに。


海に出る準備をしている自分が、

もう、そこにいた。

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