第6章:協会支部という場所

翌朝、俺は協会支部の前に立っていた。


……でかい。


海上集落の中で、ここだけ妙に整っている。

板の継ぎ目は真っ直ぐで、錆も少ない。

浮力材の色すら、他とは違って見えた。


「おはようございます」


後ろから、軽い声。


振り返ると、例のポニーテールが何食わぬ顔で立っている。


「昨日はどうも。逃げ足だけは自信がありまして」


「金」


一語で済ませる。


「その話も含めて、今日はちゃんと説明します」


扉が、音もなく開いた。


中は静かだった。

人の気配はあるのに、声がしない。


「協会はですね」


歩きながら、管理人は話し始める。


「魚を管理する場所です。異世界種も、危険種も、全部」


「管理?」


「ええ。値段をつけて、流通させて、危なければ処分する」


言葉は淡々としているのに、内容が重い。


「昨日の魚は、そのどれにも当てはまらなかった」


足が、止まる。


「どういう意味だ」


管理人は振り返らず、前を見たまま言った。


「値段をつけるには早すぎる。

処分するには、惜しすぎる」


少しだけ、声が低くなった。


「……だから協会が“預かった”んです」


「すこーしばかりお小遣いが欲しくなってしまったので、土壇場で競りを開始してしまいましたがね!」


「…俺の魚だ」


「ええ。ですから――」


ようやく、こちらを見た。


「あなたごと、ですよ」


気になる発言はそのままに歩む。

通路の先には、掲示板があった。


紙が、異様なほど整然と貼られている。

依頼内容、危険度、報酬額。


……報酬額


「……高すぎじゃねぇか」


思わず口に出た。


五桁。

中には、見たこともない桁数の札もある。


「最近は、こういう案件が増えてまして」


管理人は、さも当然のように言う。


「異世界種の討伐、あるいは“接触”」


接触、という言葉が引っかかる。


「普通、釣り師にこんな金出すか?」


「出しますよ」


即答だった。


「“上”が、そう決めたので」


その言い方に、理由は含まれていない。

命令だけが、そこにある。


掲示板の一角。

他より少しだけ離れた場所に、一枚の紙が貼られていた。


文字は少ない。


特別任務

危険度:測定不能

報酬:応相談


……測定不能?


「それ」


指を差すと、管理人は一瞬だけ目を細めた。


「気になります?」


「当たり前だろ」


「じゃあ、あなた向けですね」


軽く言う。

あまりにも軽く。


「昨日の魚を釣った人間ですから」


嫌な予感が、背中を這い上がる。


「任務内容は?」


管理人は、掲示板から視線を外し、少しだけ声を落とした。


「ポータル近海の調査」


その一言で、空気が変わった。


「最近、五大恐魚の一体が確認された海域です」


心臓が、嫌な跳ね方をする。


「討伐じゃありません。今回は」


「じゃあ何だ」


「――確認です」


管理人は、いつもの笑みを浮かべたまま言った。


「“戻せるかどうか”を」


意味は、分からない。

だが、危険だということだけは分かる。


「断る」


即答した。


「無理だ。俺はそんな――」


「報酬は」


被せるように、管理人が言う。


「あなたの船の完全修復。

それから……昨日の魚の正式な取り分」


喉が鳴る。


「……それだけじゃねぇだろ」


「ええ」


頷く。


「生存情報も、少しだけ」


足が、止まった。


「あなたの過去について」


その瞬間、

協会支部という場所が、急に息苦しくなった。

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