第5章:値段のつかない魚
港に戻ると、海上集落はいつも通りの顔をしていた。
何も変わっていない。変わったのは、たぶん俺だけだ。
「じゃあ、例の市場に行きましょうか」
管理人は、船を降りるなり当然のように言った。
「売るのか? あれ」
「ええ。正規の手順で」
“正規”という言葉が、これほどまでに似合わない奴はそういないだろう。
市場に足を踏み入れると、魚と油の匂いが鼻を突いた。
見慣れた顔が、すぐにこちらに気づく。
「お、偏屈小僧じゃねぇか」
あの男だ。
前に、五円で買い叩いた張本人。
「今日は何だ? また変な骨魚か?」
管理人が一歩、前に出る。
「協会の者です」
一言。それだけで、空気が変わった。
「こちらの魚、買取をお願いします」
「は……協会?」
男の視線が、俺と管理人、そして荷台の布に行き来する。
布をめくると、
あの“マグロのような何か”が姿を現した。
市場が、静まり返った。
「……冗談だろ」
誰かが、呟いた。
「異世界種、未登録。危険度は――」
管理人は、そこで言葉を切った。
「まあ、その辺は後で」
男の喉が鳴るのが、はっきりと聞こえた。
「値段は……?」
その問いに、管理人は少し考える素振りを見せてから、にっこり笑う。
「――つけられません」
「は?」
「つけられない、というのはですね」
管理人は、わざとらしく肩をすくめた。
「あなたたちが“払える値段”では、つけられない、という意味です」
ざわり、と空気が揺れる。
「協会に未提出の新種。しかも異世界種となれば……まあ、すんごいことになりますよね?」
誰かが、息を呑んだ。
「新種に支払われるお金は、特に決まっていません」
一拍置いてから、管理人はにっこり笑う。
「ですが……特別にサービスしましょう」
市場が、前のめりになる。
「ここで簡易鑑定をして、“だいたいの価値”だけお教えします」
静まり返っていた市場は、一瞬で活気を取り戻した。
「俺は二十円出すぞ!」
「なに言ってやがる! なら俺は――」
突然始まった情報オークションに、俺はついていけなかった。
ただ、楽しそうに商売をする管理人を眺めるだけだ。
……釣ったの、俺なんだけどな。
ざわめいていた市場も、しばらくすれば冷静さを取り戻した。
ひと段落ついた、という空気。
膨らんだ金袋を片手に、管理人が戻ってくる。
「それでは、帰りましょうか!」
……ん?
「待てよ」
思わず、声が低くなる。
「その金の権利、俺にあるんじゃねぇか?」
一瞬、沈黙。
管理人は目を瞬かせ、次の瞬間にはいつもの笑顔を貼り付けた。
「……今日のところは、解散ということで。それではー!」
踵を返す。
早い。逃げ足がやけに。
「てめぇ、ふざけんじゃねぇ!」
声を張り上げる。
「あの魚、食えたかもしんねぇのに! 俺の晩飯どうすんだ!!!」
「そこらへんは、おいおいお話ししましょーう!!!」
遠ざかる声。
背中はもう人混みに紛れていた。
追いかける気力は、残っていない。
なんとも言えない気分のまま、俺は家に帰ることになった。
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