第4章:重ねた時は嘘をつかない
船は、思っていたよりもボロかった。
「……これで海に出ろって?」
「ええ。ちゃんと浮きますよ。一応」
“ちゃんと”とか“一応”とか、
この人は言葉の信用を削る天才だと思う。
船体には無数の補修跡。
板の色はまちまちで、継ぎ目から海水が染み込んだ跡も残っている。
「沈みませんよね」
「沈んだら、その時は泳ぎましょう」
即答だった。
しかも悪びれもしない。
「……帰る」
「待ってください待ってください。ほら、竿は本物です」
そう言って差し出されたのは、見慣れた形の釣り竿だった。
だが、リールの作りだけが妙に違う。
「協会払い下げの中古品です。扱いは荒いですけど、丈夫ですよ」
「……なんで俺なんだ」
ぽつりと漏れた疑問に、管理人さんは少しだけ黙った。
「理由は、ありますよ」
それ以上は言わない。
言わないくせに、もう船に乗る前提で話を進めている。
「さ、出ましょう。今日は“軽いの”がいますから」
……気に食わないが、事実俺は船の上に乗っている。
管理人とやらがエンジンらしきものを起動させる。
船は腹の底から唸るような音を立て、ゆったりと海を進み始めた。
「あなたが珍しい魚を釣れば、この船もどんどんアップグレードされますよ?」
頼んでもいない未来の話を、一方的に垂れ流す。
「さ、着きました。早くちゃちゃっと釣っちゃってくださいな」
軽い。
軽すぎる。
気分が乗らないまま、糸を垂らす。
数分、何も起きない。よくあることだ。
……と思っていたら、背後で電子音が鳴った。
管理人はモールス信号の送受信機を、暇つぶしみたいに弄っている。
その瞬間。
糸が、ぐい、と引かれた。
「っ!」
反射的に構える。
ここでやられる俺じゃねぇ。
巻く。
巻いて、巻いて、力任せに巻き続ける。
「あー、本当にそれで釣れるんでしょうかねぇ?」
「うるせぇ! なら手伝え!」
「いやー、そういうタイプじゃないんで、私。それより――」
一瞬、視線だけがこちらを見た。
「緩急、付けた方がいいですよ」
「知るか! これで俺はいけてた! だからこれからも――」
水面が、不自然に歪んだ。
「……いけるんだよッ!」
バシャアッ!
ついに水面が弾け、糸を喰らうその姿が露わになる。
「……マグロか、ありゃ?」
形だけなら、確かにそうだ。
――頭部に、火山のような“つぼみ”がいくつも蠢いていなければ。
「っ……あっぢぃ!!」
突然、水面から飛び出した液が釣竿に当たったかと思えば、驚くほど一気に熱を帯びる。
思わず手を離しそうになるのを、歯を食いしばって堪える。
その時、脳裏によぎった声。
(緩急、つけた方がいいですよw)
少し誇張されていた気もするが……たぶん、正しい。
意を決して、わずかにリールを緩めた。
魚は勢いそのままに暴れ、船体へと激突する。
今だ
力任せに引き寄せると、甲板に叩きつけられたそれは――
異様、の一言では済まされない代物だった。
「及第点……よりは、少し下ですかね」
管理人は、興味なさそうに言う。
「デケェの釣ったのに、お疲れの一言も無しかよ……」
返事はない。
ただ海を見ているだけだ。
こうして俺は、
いつもとは少しだけ違う一日を終え、船を港へ戻すことになった。
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