第3章:管理人という名の嘘つき
…そう、海を敵だと決めたんだ。
それでも、俺は今日も海に出ている。
皮肉な話だ。
恨んでいるはずのものがなければ、生きていけない。
喉の奥が、少しだけ詰まる。
誤魔化すように息を吐いて、今日はもう釣りをやめることにした。疲れているし、余計なことまで思い出した。
家の前に、見慣れない後ろ姿があった。
スーツを着た、ポニーテールの人物。
立っているだけなのに、場違いなくらい整っている。
一瞬、足を止める。
距離を取ったまま様子を窺っていると、いつの間にか、その姿は消えていた。
気のせいか。
そう思いながら、部屋に戻ろうとした、その時。
肩に、手を置かれた。
「あー、どうも。協会の者なんで――」
「ぐぎぅさがぁ!!」
自分でも何を叫んだのか分からない。
ただ、心臓が限界まで跳ね上がった。
肩に置かれた手を振り払って、反射的に一歩下がる。
「あー、そんなに驚くとは。人に声かけるのも命がけですねぇ」
軽い声だった。
謝っているのか、からかっているのか、よく分からない。
振り返ると、さっき家の前にいた人物がそこにいた。
スーツ姿にポニーテール。近くで見ると、年齢も性別も判然としない。
「……何の用だ」
できるだけ低く、短く言う。
家に近づかせたくなかった。
「いやいや、そんな警戒しなくても。怪しいのは自覚してますけど」
そう言って、肩をすくめる。
「協会の者です。一応」
“一応”という言い方が、妙に引っかかった。
「今日は挨拶だけ。あとは……そうですね」
相手は一瞬、言葉を探すように視線を泳がせた。
「君の担当になったって伝えに来ました」
意味が、すぐには飲み込めなかった。
「……は?」
「手続き上の話です。拒否権は、たぶん、ないですね」
笑っている。
でも、その笑顔は距離を縮めるためのものじゃない。
線を引くための笑顔だ。
「じゃ、詳しい話は明日。船も用意してありますから」
言いたいことを言い切って、踵を返す。
「待て」
思わず、声が出た。
自分でも理由は分からない。
相手は振り返って、少しだけ首を傾げた。
「何か?」
……何も、分からない。
信用できる要素なんて、一つもない。
それでも
海より先に、
俺はこの人に釣られたのかもしれない。
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