第2章:失われたもの

ふと、幼い頃のことを思い出す。

ただ、釣りをやってみたいと思った。それだけが始まりだった。


あの頃の世界は、今と同じくらい暑かった。

でも、違っていた。

ただ楽しく、その「普通」を当たり前のように生きていた。


貧乏ではあった。

それでも、皆で食べていけたし、話しかければ返事をしてくれる人がいた。

――家族が、いた。


その日も、いつもと変わらないはずだった。


最初に異変に気づいたのは、父だった。

釣り場のざわめきが、不自然なほど静まった。

誰もが、地平線の向こうを見ていた。


次の瞬間、海の一部が空へと引き裂かれた。

風が叩きつけられる。

重たい圧が、胸を押し潰す。


大型の魚が、空から弾き飛ばされるようにこちらへ落ちてくる。

俺は、動けなかった。

怯えて、震えることしかできなかった。


父と母は、俺を掴んで、押し出した。

「行け」

それだけだった。


そこから先の記憶は、ない。


気づいた時、俺は板にしがみついていた。

集落だった場所は、跡形もなかった。


聞こえるのは、自分が動く音だけ。

海は静かで、あまりにも広かった。


――あの時、

俺は、何も分からないまま、生き残ってしまった。


だから俺は、海を敵だと決めた

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