第7話 墜落と再起

 警報は、明らかに異常だった。


「アンタは避難しなさい」


 隣にいたレオンにそう告げて、リナはドラグレアに乗り込み、飛び立つ。

 それは奇しくも、三年前にリナの姉――シア・ロストロートがリナに投げかけた言葉と同じだった。



   ☆



 敵が、空を飛んでいた。

 三年前には見かけなかったタイプだ。


「遅い――けどッ!?」


 敵の身体から、白い光が放たれる。ドラグレアが躱した先で――地面が大きく抉られている。


「何よ、あの威力……」


 もしもあの攻撃が街を向いたら、一撃で地下シェルターまで到達しかねない威力だった。十万人の国民の命が、リナの肩に乗せられた気がした。


 ――重い。


「お姉ちゃんは、こんなものを背負って戦ってたんだ……」


 一瞬たりとも気が抜けない。避ける方向一つ間違えれば、一瞬で万の人が死ぬ。


「――それでも、私がやるんだ。私がやらなくちゃいけないんだ!」


 攻撃しなければ倒せない。倒せなければ、終わらない。リナは必死に己を鼓舞し、攻撃を叩き込み続ける。


「落ちろぉ――、落ちなさいよォッ!」


 辛い。


 寂しい。


 なんで自分だけ。


 溢れそうになる弱音を、どうにか飲み込んでドラグレアを飛ばす。だけど、いつもより出力が出ない。


「なんで!? お願い、頑張ってよドラグレア!?」


 視界が滲む。

 違う、泣いてなんかいない。


 歯を食いしばるリナの視界に、小さな光が見えた。

 西門から飛び出した、大竜機ヴァーンのブースターの輝きだった。


「イザム先輩っ!?」


 また、助けに来てくれた。

 リナにはそう思えた。


 イザムの操る大竜機は、構えた武装からビームを放ってアンヘリアルを焼く。


「そうだ――私はひとりじゃない、みんな戦ってるんだッ!」


 ドラグレアの出力が上昇する。




 そこからしばらくは、戦況は拮抗していた。


 リナは常に敵より高い位置を取ろうとし、敵の射線に街を入れないよう立ち回った。攻撃のダメージは、末端部位ではあるが確実に敵を削り取っている。


 極限まで高められた集中状態で、敵の行動を見切っていた。


(へへ――これが、ゾーンってやつ?)


 集中していたから、周りが見えていなかった。

 壁の外に、超大型の敵がいた。


 その敵の拳が、防壁を打ち砕く。


(――あんなの、どうしろっていうのよ)


 リナの心に絶望が忍び寄る。


 一瞬だけ、意識を被害確認に割り振った。

 ――それが間違いだった。




 壁の内部で、単騎で奮闘していた大竜機が、瓦礫の直撃を受けて潰された。




「先ぱ――」


 機体が大きく揺れて、リナは壁に叩きつけられる。

 空を飛んでいた方の体当たりだった。


 機体の姿勢が保てない。

 錐揉み回転をしてドラグレアが落ちる。




「リナ。ニ、ゲテ――」




「え?」


 気づいたら、リナは操縦席から弾き出されていた。

 それはちょうど、搭乗するときの逆回しのように。ドラグレアが、光に包まれたリナを空中へ吐き出した。


 ――直後。

 リナの目の前で、ドラグレアは敵の追撃を喰らった。身体をくの字に曲げ、地面に叩き落とされる。




「ドラグレア――――――ッ!!!!!!??????」



   ☆



 そして、今に至る。

 無様に地面に倒れ伏して、まだ生きている。


 誰かが、名前を呼んでいる。


 身体を起こしてそちらを見ると、激昂した男にパラシュートのベルトを掴まれ引っ張られて、無理やり立たされる。


 見たことのある顔だった。


 朝、事故を起こして、その後もまた会った。


「避難、してなかったの……?」


 入隊試験主席のくせに、竜機ガンドラーに乗せてもらえないヤツ。

 名前は、何と言っただろうか。


「何、負けてんだよ――! お前は、オレの憧れだった! この国を守るっ、竜衛機関のエースなんじゃないのかよ!? お前が負けたら、この国はどうなっちまうんだよ!?」


 ――ああ、そうだ。

 リナ・ロストロートは負けた。敵にも、自分自身にも負けた。

 結局自分は、誰かに背中を支えてもらわなければ戦えないほどの弱虫で、その本質は変わっちゃいなかった。だから、最後の最後で相棒にすら『乗る資格なし』と見捨てられ、惨めに生を長らえた。


「ごめ、んね……」

「やめろ、聞きたくない」

「ごめんなさい……」


 私のせいで国が亡ぶ。

 ならいっそ、この男に殺されるというのも悪くない。


「ごめん……」

「やめろ、謝るな! クソッ、お前のせいでステラが――妹が死んだってのに、どうしてこんな――!」



   ☆



 パラシュートで落ちてきたリナの姿を見て、レオンの怒りは激しく燃え上がった。ステラはドラグレアに潰された――なのに、そのライダーは脱出して生きている。そんなことが許されるのか。


 八つ当たりなのは自覚していた。それでも、怒りをぶつけなければ到底気が済まなかった。


 ――だけど、掴みかかった相手はもう、死人みたいな目をしていた。


「避難、してなかったの……?」


 レオンを認識して、リナはそう言った。

 何もかもを諦めたような顔をして、それでも目の前の人間を案じている。


 八年前。王城が襲撃された時。物陰に隠れるステラを見つけ出した時と同じだった。


(『お兄ちゃん、まだ逃げてなかったの……?』)


 当たり前だろ、オレはお兄ちゃんだ。お前を置いて行くもんか!

 あの時は、確かそう答えた。

 なら、今はどう答えればいい? レオンはリナの兄ではないし、今日が初対面だ。


 ついさっきまで、口汚く罵って、尊厳を踏み躙ってやろうとすら思っていたのに、呪いの言葉がレオンの口から出ることはなかった。


「ごめ、んね……」


 まるで、ステラが謝っているように聞こえた。先に逝ってごめん、と。


「ごめんなさい……」


(ハンバーグ作って待ってるって、一緒に晩御飯食べようって約束したじゃねぇかよ……。オレはお前を置いて行かないのに、お前がオレを置いて行くなよ……)


「ごめん……」


 死んだ妹を責めているみたいで、どうにもいたたまれない。


 遣り場のない感情に、押し潰されそうだった。レオンは掴んでいた手を離し、膝をつく。


 妹の声が聞こえる。


(『お兄ちゃん、何があっても、諦めないでね』)

(こんな状況でも、か?)


 この国のエースが負けた。もう勝ち目なんてないハズだ。


(『かわいい女の子が居ても、冷静にね』)

(オレは冷静、だよな……?)


 今持っている情報で冷静に考えれば、これは詰みだ。


(『やるからには最後までやり遂げるんだぞ』)

(最後……最後ってなんだ?)


 地面から、爆発の振動が伝わってきた。

 出撃した竜機衛士ガンドライダーたちが、まだ戦っているのだ。


 顔を上げ、周りを見る。

 黒煙が空を覆い、戦火で赤く染まっている。

 真っ赤な世界の中で、それでも戦う戦士たちがいた。


(そうだ……オレはまだ生きてる。まだオレにできることはある……)


 竜機ガンドラーに乗れないレオンにとって、取り得る唯一の手段は竜機咆塔ガンドラーヘッドでの射撃だけだ。しかし、東の防壁にある砲台は先ほどの一撃で壊されている。別のところへ向かっても、砲台は外向きに設置されているから、壁の内側に入った敵を攻撃できない。


(どこかに――どこかに手はないのか!?)


 観察する。

 レオンが今まで、ずっとやって来たことだ。


 ――答えはすぐに見つかった。


 レオンは家の方へ走り出す。そこにあったモノは全て潰された。何に?

 ――竜機ドラグレアにだ!


竜機咆塔ガンドラーヘッドはその名の通り、元は竜機ガンドラーの頭なんだ! だったら――!)


「おいドラグレア! オレの声が聞こえるか!? オレを頭に乗せてくれ! オレが咆撃手をやる!」


 ――はじめて、竜機ガンドラーと目が合った。


 ドラグレアが、笑った気がした。

 その後すぐにドラグレアは顔を逆へ向け、後頭部を開いて銃座を露出させる。


「ありがとう!」


 レオンは乗り込み、照準器を覗く。




 赤の閃光が、街中に迸った――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る