第5話 相棒と再会

 確かに、入隊式前に訓練用竜機を選ぶ機会はあった。


 レオンは小型の竜機ガンドラーひしめく竜機舎で、両手両膝を地面についてがっくりとうなだれていた。


 もう何度目かもわからないため息を吐く。

 頭の中では、妹の言葉がぐるぐる巡っている。


(『お兄ちゃん、何があっても、諦めないでね』)


 挫けそうだった。

 ちら、と横目で竜機ガンドラーを見る。


 ――目を、逸らされた。


(なんでだよォッ!?)


 呻き声を上げて、どうにか立ち上がる。


 レオンを取り囲む竜機ガンドラーはビクリと震えて、みな距離を取った。中には頭を下げ、腹を地面にべたりとつけて防御姿勢を取っている機体もいる。


「……なんでだよ」


 声を出すだけで、離れていく。

 これも逆境だと言うのだろうか。だとして、どうすればいいというのか。


 遠くで、甘えるような竜機ガンドラーの声がする。

 新入隊員が、相棒を探しにやって来たのだろう。


「おっ、乗せてくれるのか? ありがとな!」


 そんな声が聞こえてくる。

 じろり、とレオンが周囲を見渡す。竜機ガンドラーは誰一機として、レオンに顔を向けていなかった。ばつが悪そうに視線を逸らしている。


 レオンが両手を広げると、竜機ガンドラーたちは腰を浮かせた。

 にじり寄る。

 引き下がる。

 にじり寄る。

 引き下がる。

 繰り返されて、一機の竜機ガンドラーが壁際に追い詰められた。


 レオンの後ろでは、次々と新入隊員と竜機ガンドラーのマッチングが成立し、竜機舎内の竜機ガンドラーは減り続けている。


「オイ……逃げるなよ……。逃げてくれるなよ……? オレを乗せてくれよ……!」


 レオンが竜機ガンドラーの首を両手で抱えに前に出る。首を掴み、そのまま無理やり背中に乗ろうというワケだ。しかし、小型で訓練用でも竜は竜。翼を広げ、レオンを飛び越えて行ってしまった。


 そして聞こえてくる。


「えっ? わたしを乗せてくれるの?」


 はい。また一組成立。


 一番最初に竜機舎に到着したハズのレオンは、後から来た他の新入隊員に次々と追い抜かれ、置いていかれる。


 気づけば、入隊式の時間になっていた。


(なんなんだよ……クソッ、とりあえず会場に向かうか。遅刻して入隊取り消しになっても困るからな)



   ☆



 同刻。

 ――竜衛機関『レッド・メダリオン』 竜機ガンドラー開発・整備部。


「進捗はどうだ」

「芳しくありませんね。何度見直しても、ドラゴンフレームの設計に瑕疵は見当たりません。それでも起動しないのは――」

「魂の定着の問題か……」


 ローゼアが舌打ちをする。入隊式までの僅かな時間を縫って訪れていたが、報告の内容は三日前から変わらない。


 ここは竜衛機関の地下深く。広大な暗闇を、僅かなライトで切り裂いただけの作業場で、下にも横にも、だだっ広い空間が広がっている。

 二人の眼前には、既存の竜機ガンドラーより二回り以上大きい、巨大な竜機ガンドラーが眠るように立ち尽くしていた。


「王国式召喚術――せめて、ちゃんとした召喚術師が生き残ってたらいいんですが」

「残念ながら、今の我々に生存者を探すだけの余裕もない。だが、運よく関係者が流れつくのを待ってもおれん。難民の数は月に数人、なのに外敵の襲来は日に日に増えている」

「デュエランダーの方も、あれから眠ったままです」

「原因は?」


 開発・整備部の技術者は首を振って答える。


「不明です。元々、シア特級隊員しか動かせませんでしたが、その理由も解明前に――」

「まったく、気分屋が過ぎるな」

「『竜機ガンドラーは、逆境に挑む者だけを乗せる』――言い得て妙ですね」

「ただのプロパガンダだったんだがな」


 二人は揃って肩をすくめる。


「まるで、我々はまだ逆境に挑んでいないと言われているようだ」

「正直、整備部こっちじゃお手上げです。王国貴族連中が召喚術を秘匿してなきゃ、今頃は帝都奪還もできてたでしょうに」

「そう言うな。フレームを完成させただけで大したものだ。――それに、召喚術が公になっていたら、今頃はここも麦畑だったろうさ」


 二人は声を上げて笑う。


 


 頭上から降ってくる笑い声を聞きながら、巨大竜機の足元でデータを取っていた作業員は、竜機ガンドラーから微弱な反応を拾っていた。


「なんだこれ……ノイズか?」



   ☆



「遅いぞ!」


 開式一分前。レオンが最後の一人だった。

 ずらりと並ぶ竜機ガンドラーと新入隊員の列は、最前列に一か所だけ空きがある。

 壇上からレオンに怒声を浴びせたのは、眼帯をした、ただならぬ覇気を漂わせる教官だ。


「申し訳ありません!」


 謝罪して、駆け足で位置につく。

 会場は青空の下。おそらく飛行型竜機の発着場か訓練場にでも使うのだろうまっ平らな広い敷地である。


「レオン・ブレード――入隊試験主席程度で調子に乗るなよ? 遅れた挙句、竜機ガンドラーすら連れていないとは呆れるな」

(連れられねぇから遅れたんだよッ)

「何か文句が?」

「ありません!」


 教官が腕時計を見て舌打ちをする。


「時間だ。これより竜衛機関『レッド・メダリオン』の入隊式を始める。総員、空を見ろ!」


 風が吹いた。

 春の風じゃない、竜機ガンドラーが飛ぶことで吹いた風だ。


 青空に、真っ直ぐ赤い線が走る。

 直角に折れて、天を衝く。

 そして四方八方へ光線が放たれ――空のあちこちで、破裂音とともに炎の花が咲いた。


 花火、というやつだ。

 予め空に火薬の詰めた玉を浮かせておいたらしい。

 それをドラグレアが撃ち抜くことで爆発させ、色とりどりの綺麗な花火を咲かせている。

 光線を放つドラグレア自身も一つの花火のようで、輝きと爆音、そして微かな火薬の匂いが、新入隊員を歓迎していた。


 最後に、ドラグレアがスモークを焚いて飛び、青空に白い文字を書いた。


『Welcome Red Medallion』


 会場では、バカでかい歓声が響いていた。



   ☆



 空からドラグレアが会場に降り立つ。

 片膝と拳を地面について、立てた膝には肘を置き、そして小さく頭を垂れる。


 ドラグレアの腹部が開いて、操縦者ライダーが姿を見せる。


 赤いパイロットスーツが、ボディラインの起伏をなぞっている。柔らかな曲線は、明らかに女性の身体つきだった。

 小柄で、金髪の輝きには赤が混じっている。

 髪は後頭部で括られているが、重力に逆らうように方々へ飛び跳ねている。


「紹介しよう。彼女こそ『レッド・メダリオン』のエース。紅竜機ドラグレアを駆るライダー。リナ・ロストロート特級隊員だ」


 リナは教官の横に降り立つ。

 そこは壇上で、新入隊員と向かい合っていて――最前列には、入試成績がトップだった者が立っている。




「ああーーーーーーーーーーーーっっっっっっ!!!!!!!!!!!!」

「ああーーーーーーーーーーーーっっっっっっ!!!!!!!!!!!!」




 レオンとリナは、互いを見て叫ぶ。




「オマエはあの時の!?」

「アンタはあの時の!?」



   ☆



 エースと主席が揃って叫び声を上げたものだから、入隊式はぐだぐだと終わった。


 教官が鞭を振るい、いきなりの戦闘訓練に移らせる。

 曰く「いつ何時襲撃が来ないとも限らん! 貴様らには今すぐ戦闘の基礎を叩き込んでやる!」だそうだ。

 新入隊員を半ば無理やり竜機ガンドラーに乗せようとしたが、一人だけできない者がいた。「貴様はさっさと竜機舎に行って訓練用竜機を連れて来い」「いや、入隊式前に行ったんですが、乗せてくれるヤツが居なかったんです」幸いなことに、レオンの姿は新入隊員のほぼ全員が目撃していた。確かにそうだ、と証言してくれる。若干の侮蔑や、やっかみも籠めながら。


「リナ特級隊員。適当に案内してやれ」

「なんで私が――」

「知り合いなんだろう?」


 そんな流れがあって、二人っきりで竜衛機関の施設案内が始まった。




「まさかアンタが主席で――しかも主席の癖に竜機ガンドラーに乗せてもらえすらしないなんてね。竜機衛士ガンドライダーは諦めて、咆撃手ガンナーにでも転向したら?」

「嫌だ。咆撃手って、来た敵を撃つことしかできねぇんだろ? オレは――」

「は? アンタも咆撃手を舐めてるワケ? 言っとくけどね、咆撃手だって誰にでもできるワケじゃないのよ? 咆撃手のウデ一つで、前線での戦いやすさが全然違ってくるんだから」


 喧嘩腰の相手に、レオンも思わず挑発的な態度を取ってしまう。


「あーあ、オレもびっくりだぜ。『レッド・メダリオン』のエースって言うから、どんな格好いい人が出てくるのかと思ってたのに、こんなちっこい子供だったなんてな」

「はあ!? アンタ年幾つよ!? 私の方が年上なんですけど!?」

「まだ言ってねーよ! そういうところが子供だっつってんの!」

「で? 幾つなの?」

「十五だよ」

「ふん、やっぱりね。私の方が一つ上だわ」


(大して変わんねぇじゃねぇか! 脳内でツッコミを入れると、妹の言葉が蘇る。『お兄ちゃん、かわいい女の子が居ても、冷静にね』――いやいや、コイツのどこがかわいいんだよっ!)




 二人は格納庫を訪れた。一番近くにあったからだ。


「よし! お前らの中でオレを乗せてくれるヤツ――」

「やめなさいよ。みんなコレと決めた相棒が居るのよ」


 リナがレオンの耳を引っ張って制止する。


「痛ってて。わかったよ」


 その態度を受けて、レオンは理解した。なぜ自分が、リナのことをかわいいと思ったのか。


(あー、小さかったころのステラに似てるのか。なるほどな、ステラが一番かわいいと思っていたけど、こんなところに落とし穴があったなんてな)


「――それに、アンタみたいなヤツが乗ったら、竜機ガンドラーに食べられちゃうわよ」

「どういう意味だ?」

「居たのよ。三年前に。操縦者ライダーを喰った竜機ガンドラーが」

「いや違う。オレが訊いたのは――オレみたいなヤツが乗ったら、ってどういう意味かってことなんだけど」


 言われて、リナは難しい顔をした。


(嘘、私こいつをお姉ちゃんと重ねてたの……? 男だし、年下だし、全然似てない……わよね?)


「アンタみたいに、竜機ガンドラーからも嫌われているヤツってことよ」

「えっ、やっぱオレ嫌われてるのかなぁ!?」


 レオンは格納庫に居る竜機ガンドラーたちに視線を向けて確認しようとした。全機、そっと目を逸らした。


 がーん、という音が聞こえるくらいハッキリと肩を落として、レオンは落ち込んだ。


「オレ、嫌われてたのかァ……。なあアンタ、どうすれば竜機ガンドラーに好かれるのか教えてくれよ」

「アンタじゃない。リナ特級隊員と呼びなさい」

「ああ、リナ特級隊員……どうすれば」

「知らないわよ。逆境に挑めばいいんじゃない?」


 わざわざ言い直させたのに切って捨てた。ひどい!

 だが同時に、リナの言葉は一つの疑問をレオンの中に生んだ。


「でも……不思議だな。『逆境に挑む者だけを乗せる』なんて熱いヤツらが、人を喰ったりするのか? あり得ねぇ、コイツらが人を喰うワケねぇよ! そうだろ!?」


 もう一度、周囲の竜機ガンドラーを見回して、レオンは同意を求めた。




 ――その時だ。




 警報が鳴り響いた。

 通常の警報とは違う、非常と緊急を知らせるけたたましい警報だった。

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