第4話 咆撃手と先輩

 リナ特級隊員の朝は早い。

 日の出とともに目覚め、身を清める。今日は入隊式で展示飛行をするから、いつもより念入りに身支度をした。


 朝のルーティーンをこなしたら、隊舎を出て格納庫へ。相棒ドラグレアに会いに行く。


「リナ隊員か。今日も早いな」

「ローゼア教官こそ。おはようございます」


 格納庫には先客がいた。ピンクの髪を肩口で切り揃えた、眼帯の女性。

 竜衛機関『レッド・メダリオン』にこの人ありと謳われる女傑にして、リナの指導者でもある。“泣かぬ赤鬼”の異名を取る教官――それがローゼアだった。


「いよいよ、今日が入隊式か」

「浮かない顔ですね」


 煙管キセルを咥えたローゼアは、目の前の竜機ガンドラーに火をつけさせる。


「日に日に、外敵の攻勢は強まっている……当たり前だろう」

「だから、大規模に隊員を募集したんですか?」

「貴様もわかっているハズだ。三年前の防衛戦で、我々は多くを失った」


 三年前――その言葉だけで、リナの顔は曇る。


「わかってます……私はまだ、お姉ちゃんに遠く及ばないって」

「ああ。防衛戦で眠りについた竜機ガンドラーたちも、まだ半分も目覚めていない」

「っ、教官は、あの竜機ガンドラーも目覚めさせるつもりですか!?」


 ローゼアは細く煙を吐く。


「そうだ。我々には、力が必要だ」

「あいつが、お姉ちゃんを――」

「それは違う」


 この話題で、二人の意見はいつも平行線だった。

 リナは話を打ち切って、自分の相棒の元へ。


「安心してください教官。私はこの子と強くなって、外敵を滅ぼします」

「展示飛行のリハーサルか。行ってこい」


 ドラグレアが嘶くと、リナの身体を光が包む。

 その光は重力を無視して飛び上がり、ドラグレアに飲み込まれる。するとリナは、竜機ガンドラーの腹部にある操縦席に乗り込んでいる。


 その時、警報が鳴り響いた。


「何だ!?」


 ローゼアが張り上げた声に、放送が答える。


『西門側で外敵の襲来を確認! 隊員各位は出動してください!』

「ローゼア教官!」


 ローゼアは舌打ちして、リナに命じる。


「行け。リハーサルは中止だ」


 ドラグレアが頷き、格納庫を飛び出す。屋根のない場所に出たところで一気に空へ。雲を突き抜け、トップスピードに至る。紅竜機の名の通り、赤い尾を引いて敵の迎撃へ出た。



   ☆



 空から戦場を見下ろしても、敵の戦力は掴めない。外敵は、どこからともなく突然現れるからだ。瞬間移動の完全な理屈はまだわかっていないが、それでも帝国出身の技術者は幾つかのことを解明した。外敵たちが移動するには、そのための穴が必要らしい。穴を作るには空間を共振させる必要があるとかで……街中と防壁には共振を妨害する装置が張り巡らしてある。おかげで外敵はレダインに直接現れることはないし、共振を感知するセンサーもあるから、現れた瞬間に警報が鳴る。


 だからこうして、街から離れた地点で迎撃が行えるのだ。


 西門の門番はいい仕事をしている。リナが駆け付けた時には、すでに群れから突出した使徒の一アンヘリアルが何体か撃破されていた。


「よぉーっし、私だって!」


 ドラグレアの全身に装備されたレーザー孔から、真紅の閃光を奔らせる。

 上空から降り注ぐ光線はアンヘリアルを貫き、引き裂き、ぶっ倒していく。


 だが――正直なところ、リナは空中戦が苦手だった。ドラグレアの火力はアンヘリアルに対して充分だったが、だからこそ足を止めてしまう。射撃に集中するあまり、立体機動のメリットが失われる。

 外敵も、ドラグレアが射撃の度に足を止めることに気づいたらしい。


 レーザー孔にエネルギーが溜まり、赤い光が漏れた瞬間に、アンヘリアルたちは一斉に飛び上がった。

 射撃体勢のドラグレアは、急遽対象を変更して迎撃にあたる。


 しかし、リナはすべての敵を捉えられたわけではなかった。

 ドラグレアの背後に、一体のアンヘリアルの手が届――。


(――しまった!?)


 ――かない。

 アンヘリアルは横っ腹を光弾に叩かれ、無様に落下する。


 西門の竜機咆塔ガンドラーヘッドからの、掩護射撃だった。


(ありがとう、助かった)


 稼働している咆塔はまだ一台だけ。防壁まではかなりの距離があるのに、先ほどから的確な射撃が行われている。


(ドラグレア――やっぱ私、こっちの方がいいみたい)


 リナは機体を急降下させる。

 腕部についたレーザー孔に、エネルギーを溜める。先ほどよりも多く。そして、突撃。交錯の瞬間、エネルギーを一気に解き放ち、ブレードを形成する。


 アンヘリアルの胴体を叩っ斬った。


 そのまま地表すれすれを飛んで、同じくエネルギーを纏った翼で雑魚を引っ掛けていく。ぶった斬れればよし、斬れなければ、一度上空へ飛び上がって振り落とした後、滅多切りにする。

 格闘主体に切り替えて、レーザー射撃は威嚇と牽制に使う。


 そうやって、次々に敵を殲滅していく。


 ――しかし、その調子も長くは続かない。


 直感めいた感覚が告げる。


(――来た!?)


 大型の外敵の瞬間移動。

 アンヘリアルより二階級上の、《使徒の三 ヘリャルケー》出現だった。


「ヤッバ……雑魚に構ってる場合じゃない!」


 射撃を連打しながら突っ込み、衝突の瞬間に斬りつける。


(嘘……全然効いてない!?)


 レーザーは当てた場所が僅かに熱を持つだけで貫通しない。エネルギーブレードは弾かれ、突進の勢いも半分以上が跳ね返される。


(ちょっと……冗談でしょ……?)


 それでも、一対一なら負けない自信があった。

 機動力はドラグレアが圧倒しているから、ヒットアンドアウェイを続けて一か所にダメージを集中させれば、なんとか倒せるだろう。


 しかし。


(――二体、いるの!?)


 背中に巨大な輪を背負った、逆三角形のフォルム。

 もう一体のヘリャルケーが、ドラグレアに迫る。


(――くっ!?)


 こうなると、迂闊に攻撃ができない。背中の輪は高速回転しており、さながらカッターだ。しかも滑走するヘリャルケーは、アンヘリアルより数段素早い。接近戦を挑んで、もしも変な方向に弾かれたら、そこでバラバラにされるかもしれない。


(応援を待つまで単騎で時間稼ぎ――できる!?)


 アンヘリアルの数はじわじわと増えている。そちらの対応もしたいが、目を離せばヘリャルケーが防壁に到達してしまう。


(二体の足止めをしながら、アンヘリアルを減らす――)


 そんなの無理だ、と弱い自分が言う。


(――だけどっ!)


 幼い頃に聞いた、姉の言葉を思い出す。


(『いーいリナ? 竜機ガンドラーはね、逆境に立ち向かう人しか乗せてくれないの。だから弱虫なままじゃ絶対乗れないよ』)


 頼れる姉はもういない。

 弱虫は、もう卒業した。


(やる……私がやるんだ……)


 緊張で心臓が高鳴る。

 死ぬかもしれない。怖い。逃げ出したい。


(――それ、でも……ッ!)


 肩の上を、光弾が飛んでいった。


(え?)


 光弾はヘリャルケーに命中した。

 ヘリャルケーの顔が、防壁の方を向く。


 本当なら、向かわせてはならないのだろう。身体を張って止めるべきなのかもしれない。

 だけど、なぜだろう。リナには先ほどの咆撃が「任せてくれ」と言っている気がした。この咆撃手になら、任せても大丈夫じゃないかと思った。


(――そっちはお願いね!)


 一対一なら、ドラグレアとリナは負けない。


 ぶつかり合うこと、数度。

 ドラグレアのブレードが、ヘリャルケーの胴体に食い込んだ。

 こうなれば、後は簡単だ。再度エネルギーを腕部に回し、最大出力でブレードごとレーザーを撃ち込んでやればいい。


 空に、一筋の赤い線が伸びる。


 貫通した。

 ドラグレアは飛翔して退避する。


 ヘリャルケーほどの巨体になると、撃破した際に爆発するようになるのだ。


 翼で爆風を感じながら、もう一体のヘリャルケーを探す。


(もう辿り着かれたなんてことないわよね!?)


 高速で移動する影は見当たらない。防壁にも傷一つついていないし、街の方で煙も上がっていない。


(じゃあどこに――え?)


 倒れていた。

 ヘリャルケーは頭部を燃やして、四肢の半分を失っていた。背中の輪に至っては、半分も残っていない。


竜機咆ブレスだけ、で……? いや、まだだっ。アイツはまだ爆発してない!)


 さすがに火力不足で、とどめまでは刺せなかったのだろう。

 美味しい所をもらうようだが、確実に潰しておかねばならない。


 ドラグレアのブレードを突き立て、仕留める。




 応援の竜機衛士ガンドライダーが来たのは、アンヘリアルが撤退を始めてからだった。



   ☆



 襲撃を片付けたリナは、どうしても咆撃手のことが気になっていた。

 西門は、リナの恩人であり尊敬する先輩が、いつも非番の日にバイトしている場所だった。予想が正しければ、きっと――。


(イザム先輩――)



   ☆



(やっぱり、やっぱりそうだった! いつも助けてくれてたの、イザム先輩だったんだ……!)


 西門の見張り台に顔を出したリナは、興奮していた。


 西門の咆撃手には、これまでも何度か助けられた自覚があった。というより、ずっと助けられていたことに最近気づいた、が正しい。これまでも何度か早朝出動することはあって、単騎で戦うことはあった。東門や北門では、西門ほど戦いやすくなかった。流れ弾に神経をすり減らしたり、無秩序に広がる雑魚を倒すために右往左往することもあった。それが、西門に来るとどうだろう。リナは敵の密集地で暴れているだけでよかった。

 咆撃手の腕がいいのはもちろんのことだが、戦場をコントロールする力も並外れている。


 そんな凄腕咆撃手の正体が、イザムだった。


 咆撃手などいてもいなくても大して変わらない、などと言う隊員もいる中で、咆撃手の腕でここまで変わることに驚いたし、感激した。


(イザム先輩は凄いなあ……。また来てもいいって言ってたし、今度、射撃を習いに行こうかなあ……えへへ)




 そんな風に呆けていたら、展示飛行の事前ミーティングの時間が迫っていた。


(うわっ!? ご飯食べてシャワー浴びてる時間ないじゃん! うう……シャワーは諦めるか……)

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