第3話 パンと交差点

 パンを咥えて、通りを走る。

 レダインという国は、一つの城下街程度の土地を防壁で囲んだ国である。重要な施設ほど中心近くにあり、竜衛機関はまさに中枢に位置している。一方でレオンたちが暮らす家は街からも外れた端も端。市場より東門が近いところにあった。


 だから、竜衛機関までの道のりは長く、走ればそれだけ時間短縮が見込めるワケで。


 寒冷期ふゆから高温期なつにかけての萌芽期はるにだけ吹く烈しい風が、無数の花を散らせて吹雪のような光景を作っている。


 街の外周部には、建国のために命を賭した人々を悼むべく、桜の木が植わっていた。レオンとステラが街外れに家を構えたのも、自分たちを生かすために死んでいった人々を忘れないようにするためだ。


 追い風に背中を押されながら、レオンは走っていった。


 段々と、道沿いに住家が増えてくる。点々としていた家々は近づき、数分もしないうちに道は壁と塀によって区切られた。


(この辺、来るの久しぶりだな……)


 二つ目のパンにかじりつきながら、大通りを走る。レオンの記憶では市場が広がっていたハズだが、いつの間にか建物だらけだ。


「おい! ここは機道だぞ!」


 移動用の鳥竜機バードラーに乗った人に怒鳴られる。どうやら鳥竜機バードラーと人とで、走るべき道が分かれているらしい。


「すんません!」


 人が増えてくると、ドキドキしてくる。


(オレ、出遅れたりしてねぇよな!?)


 今はまだ朝早く、本当は数倍の人でごった返すのだが、そんなことを知らないレオンには人に溢れて見えている。


(これが、帝国の技術力か……ははっ、凄ぇな!)


 遠くに、竜衛機関の旗が見えてくる。一際高い建物の先で、風にはためいている。


 興奮してきたレオンは、ラストスパートとばかりにギアを上げ――。




「きゃあっ!?」

「うおぁっ!?」




 事故を起こした。原因は、レオンが交通整理用の信号灯を無視したことだ。

 機道に飛び出したレオンに驚いて、猛スピードで走っていた鳥竜機バードラーが驚いて急に止まってしまった。……まあ、法定速度が未整備なことも問題だったのかもしれないが、鳥竜機バードラーは急制動に頭を下げ、腰を上げた。

 鳥竜機バードラーは首と脚が長い、二足歩行の鳥型ロボットである。竜機ガンドラーと違って中に乗り込む必要はなく、胴体に鞍をつけ手綱を引いて操縦する。

 ということは、急制動したら、乗っていた人物は、凄い速度で投げ出されるということだ。


 レオンの元に、女の子が縦に回転しながら吹っ飛んできた。


 衝突し、機道をゴロゴロ転がっていく。

 普通に走っていた鳥竜機バードラーが足を上げて避ける。


 かなりの距離を転がっている内に歩道に逸れて、壁にぶつかってようやく止まる。


「痛っててて……。キミ、大丈夫か?」

「いつまで触ってんのよ!?」

「わっ、悪い!」


 指摘されて、レオンは咄嗟に女の子を庇おうとしてから、抱き締めたままだったことに気づいた。慌てて手を離すと、その女の子はすぐさま立って距離を取った。

 その子はなんだか凄く柔らかくて、いい香りがした。

 思った瞬間、妹の別れ際の言葉が脳裏を過ぎる。


(いやっ、冷静になれオレ!)


 レオンも立ち上がり、改めて謝罪する。


「スマン! こっちに来たの、三年ぶりなんだ!」

「だから信号が見えなかった? バカじゃないの、知らない場所ならちょっとは周りを見なさいよ」

「返す言葉もねぇ……」


 腰を九十度に曲げたまま、じっと沙汰を待つ。


「はぁ……顔上げなさいよ。二人とも無事みたいだし、アンタにどうこうしてもらうつもりは無いから」

「本当か!?」


 姿勢を起こして、レオンはようやくその女の子と対面した。

 背丈は妹のステラと同じくらい。かなり小柄で、赤金髪が後頭部でハネている。そして、なによりレオンの目を引いたのは、その子が竜衛機関の隊服を着ていたことだった。


「その隊服……」

「そうね。アンタ、新入隊員なの? なんでこんな早い時間に走ってたのよ」

「それはお互い様だろ。あんな速度で鳥竜機バードラー走らせて――」


 文句を言おうとしたら、鋭い眼光で睨みつけられた。


「すみません」

「じゃあ、私は行くから」


 そう言って女の子は口笛を吹き、呼び寄せた鳥竜機バードラーに飛び乗って去っていった。


「あっ、おい!」


 名前くらいは聞こうと思ったのに、女の子は行ってしまった。角を曲がる時、レオンの方を向いて「あっかんべえ」の顔をしていた。


「んだよ、普通にしてりゃかわいいのに――」

(『かわいい女の子が居ても、冷静にね?』)


 また妹の声が聞こえた気がして、頭を振る。


 彼女は何を急いでいたのだろう。レオンには言えない用事だったのだろうか。同じ新入隊員なら仲間だろうに――と考えたところで、自分が急いでいた理由を思い出す。


(そうか! あの子も一番乗りをしたかったんだ! だとしたら、負けられねぇな!)

「……あれ? でも竜衛機関って、方向違う、よな?」


 レオンは真っ直ぐ竜衛機関を目指していた。なのに交差点でぶつかって、そのまま彼女は走り去った。曲がった方向は、レオンの進行方向と真逆だ。


「……あの子、方向音痴なのか?」


 どのみち、入隊式でまた顔を合わせることになるだろう。レオンはそう思うことにして、また走り出した。

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