第2話 妹と約束
「ただいまーっ!」
ドタバタと騒々しくドアを開閉して、レオンが帰宅する。
「おかえり、お兄ちゃん! ご飯できてるよ」
レオンの妹、ステラが優しい声で出迎える。
居間に駆け込むと、温かいスープの香りと、焼きたてのパンの香りが漂っていた。思わずレオンの腹の虫が鳴く。
「まずは手洗い、うがいだよ!」
「わかってるよ!」
急いでいるレオンは、炊事場の水道で手を洗った。
そして、ステラを抱き締めた。
「うおお、ただいまステラ~~~!!!」
「もう、お兄ちゃん……おかえりなさい」
たっぷり十秒抱きしめて、ゆっくりと離れる。
ステラは、レオンの三つ下の妹だ。レオンと同じ赤い髪を三つ編みにして下げている。目つきはレオンと似ても似つかぬ、丸くて優しい眼差しで、そんなステラの笑った顔が、レオンにとって何よりの宝物だった。
「バイトお疲れ様。朝ごはんにしよう?」
「それなんだけどよ……」
ポリポリと頭を搔いてから、手を合わせて勢いよく頭を下げる。
「悪い! 急いだ方がいいみたいなんだ。スープだけ飲んだらすぐ出るわ!」
「入隊式の時間は、決まってるんじゃないの?」
「その前に、将来の相棒を探さなきゃならねえ。ステラを守るためにも、一番強い
ステラはちょっとだけ顔を曇らせたが、すぐに笑ってかき消した。だから、頭を下げていたレオンは気づけない。
「……わかった。お兄ちゃん、言っても聞かないしね。――はい、これお弁当♪」
朝食と一緒に作ってあった弁当を、レオンに手渡す。
「ステラ~~~!!!」
「その代わり! 晩御飯は一緒に食べようね。お兄ちゃんの好きなハンバーグ作って待ってるから!」
「――ああ! 約束だ!」
レオンは立ったまま、スープの器に口をつけて搔っ込むと、パンと鞄を掴んで出ていこうとする。
「お兄ちゃん、挨拶!」
「っと、そうだった!」
手足を曲げた駆け足のポーズのまま、片足で跳ねて戻って来る。
部屋の片隅に置かれた写真に、レオンは手を合わせる。
「父上、母上、いってきます」
「よろしい」
「ステラも、いってきます」
「うん。いってらっしゃい」
この家に、大人は居ない。レオンとステラの両親は、かつてあった二つの国が外敵に滅ぼされた時に亡くなっている。
レヴァテイン王国と、ダインスレイフ帝国。対立していた二国は、突如出現した外敵によって政治中枢を破壊され、滅びた。生き残った人々は荒野に肩寄せ合い、城砦国家を興した。それが現在レオンたちが暮らす、レダイン連合城砦国家である。
「――あ! 待ってお兄ちゃん!」
「なんだよ、まだなんかあんのか?」
呼び止めたステラの手には、キラリと光る何かが握られていた。
「パパが、成人の年になったら渡してくれって。頭、出して」
ペンダントだった。
レヴァテイン王国の国章が刻まれている。
「父さん……」
その紋章を握り締めて、レオンは思い出す。八年前に起きた事件を。
★
当時七歳だったレオンは、ばね仕掛けの、ボールを撃ち出すおもちゃで遊んでいた。
「ばーん、ばーん!」
だだっ広い庭に、同心円状に塗り分けられただけの簡素な的が置かれている。
庭を走り回りながら、レオンはおもちゃで的当てをしていた。
「凄いわ、レオン。百発百中ね」
「ありがとうございます、母上!」
上等な衣服を泥だらけにして、レオンは屈託なく笑う。
レヴァテイン王国の女王は、そんな息子の様子を温かく見守る。
平和なひと時だった。
――突然、日が翳った。
否、どこからともなく、巨大な人型の何かが現れて、太陽の光を遮ったのだ。
それの体長は、人の身の丈の百倍を超えていただろうか。少なくとも、レオンたちの暮らす王城よりは背が高かった。
腕の一振りで、城の上三分の一が吹き飛んだ。
地響き、轟音、そして悲鳴。
レオンは母親に突き飛ばされた。
何が起きたのか、レオンにはあまりわかっていなかった。
だが、一つだけはっきりしている。目の前で、母上が瓦礫に潰されている。庇われたのだ。突き飛ばされていなければ、自分があの瓦礫の下敷きになっていただろう。
「母上っ!?」
「行きなさい!」
這いつくばって近寄ろうとしたレオンは一喝される。
「私のことはいい。あなたは逃げて、生き延びるのです!」
「ですが、母上!」
「諦めなさい! 私は、あなたを守りました。最後に思いを伝えられる時間があるだけで充分です。よいですか、レオン。お前は王の血を継ぐ者です。お前が生きてさえいれば、レヴァテインは滅びません。生き延びるのです! なんとしても!」
鬼気迫る表情だった。城を破壊した巨大な何かよりも、目の前の母上の方が怖いと感じた。それだけ、真剣なのだとわかった。
レオンは何度も頷いて、立ち上がる。
「それでいい。ステラも頼みます。二人で支え合えば、きっと、どんな逆境にも打ち克てるでしょう。――二人とも、空の上から見守っています。愛していますよ、レオン」
レオンは走った。本能が大粒の涙を溢れさせても、とにかく走った。
妹を見つけて、街に出た。どこもかしこも火事になっていた。
沢山の人と一緒に逃げた。敵はどこにでも現れた。
森を抜け、川を渡り、そして流れ着いた。
国境沿いの、防衛拠点の街。
兵力も集っていた。
人類は、二年間の逃亡の果てに、外敵と戦う力を得た。王国と帝国、二国の持ちうる知恵と技術を結集させて作った
★
(わかっています、母上――。オレが、必ずステラを守り、いつか必ずレヴァテイン王国を復興させる。そのためにも、オレは
ペンダントを握り締めたまま、決意する。制服の内側に隠して、今度こそ出発だ。
「お兄ちゃん、やるからには最後までやり遂げるんだぞ」
「当ったり前だろ」
「かわいい女の子が居ても、冷静にね」
「ステラよりかわいい女の子なんているかよ」
「何があっても、諦めないでね」
「ああ。なんせ『
「よし! まずは新入生のトップになること!」
「はい!」
「そして、必ず門限を守ること!」
「はい!」
「――わたしを置いて、どこにも行かないでね」
「――ああ」
レオンは、ステラの頭に手を置いた。
(ステラの気持ちもわかる。
だから、レオンはこう言うしかない。未来に絶対なんてないかもしれないけれど、願いが実現するように。祈りを込めて口に出す。
「大丈夫。オレはお前を置いてったりしない。八年前もそうだっただろ」
「――うん。ハンバーグ、作って待ってるからね」
「いってきます」
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