第2話「空位の玉座」

カツカツ、カツカツ。静まり返ったファイサルの執務室で、時を刻む古びた時計の音が、無機質に響き渡る。王国の女性宰相アビーは、室内を落ち着きなく歩き回っていた。


「お気持ちは痛いほど分かります! しかし、今こそ王位を継いでください! このままでは、国内に無用な争いが勃発しかねません!」


理知的な眼鏡の彼女の眼に光るものがあった。古びた法典が整然と並べられた部屋は重い沈黙に包まれている。


ファイサルは、窓の外に広がる焼け野原に背を向けたまま、氷のように冷たい声で言い放った。


「……否だ」


「そんな……」


アビーはなおも食い下がる。ファイサルは抑えきれない感情を震える声に乗せて叫んだ。


「ガラン・ジャイスは死なん! 王位は当面の間、空位だ! その間、私が全権を掌握する! いいか!」


「しかし……」


アビーはなおも引き下がらない。ファイサルの感情はついに爆発した。


「黙れ! 必ずや、結界王は再びガランの玉座に戻られる! 二度は言わせない! アビー!」


宰相アビーは、王子の強い決意をその目に焼き付け、ついに覚悟を決めた。


「承知いたしました。しかし、この機を他の王族どもが見逃すでしょうか?」


「父上を再び玉座へ。その為ならば、私は喜んで神にでも、悪魔にでもなる!」


くつくつと笑う第一王子ファイサル。彼にとって王位など些末な形式に過ぎない。その不敵な表情はとても十七歳の少年のものとは思えなかった。謀反は例外なく処刑するつもりだ。


「この文書は、その為のものですね?」


「その通り。久しぶりに、この部屋を使ったよ。……父上の代わりにな」


背中にぞわりと冷たいものが這う気がした。自分も、またいつ密告の対象となるかと思うと戦々恐々とする。彼女もまた、王の帰還を心から願わずにいられなかった。


「長老ともいうべき大臣たちが、首を縦に振るとは思えません」


重厚な鉄の扉を背に、声を押し殺して視線を落とす。彼女はファイサルの付き人でもあるのだ。


「……あいつ等は、王族を結界を張れる人形ぐらいにしか考えていない」


金槌で頭を殴られた。アビーはそんな気がした。彼女自身、心の片隅でそんなことを考えていたのではないか。


「申し訳ございません。必ずや御心のままに致します」


アビーは、王子に駆け寄り跪いた。はらはらと涙がこぼれ落ちていく。大理石の感触が冷たく固い。


「……旧・魔導研究所の件は、どうなった?」


ほんの一瞬だけ、ファイサルの声に温もりが戻った気がした。いや、してしまったのだ。


「それでしたら、西棟の地下に『不自然に塗り固められた壁』が見つかりました。いかが――」


それは、彼女が絶対に主に隠ぺいしておこうと決めていた不都合な事実だった。


顔を上げれば、王子の姿は既にない。鈍重な扉が、思い切り開け放たれていた。

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