死に損ないの【厄災引き受け役】、実は世界中の呪いを吸いすぎて「神」の位に到達していた件 〜静かに余生を過ごしたいのに、俺を捨てた王国が滅びかけ、救った聖女たちの愛が重すぎて離してくれない〜
第1話世界に捨てられた「ゴミ箱」は、静かに死に場所を求める
死に損ないの【厄災引き受け役】、実は世界中の呪いを吸いすぎて「神」の位に到達していた件 〜静かに余生を過ごしたいのに、俺を捨てた王国が滅びかけ、救った聖女たちの愛が重すぎて離してくれない〜
新条優里
第1話世界に捨てられた「ゴミ箱」は、静かに死に場所を求める
全身の細胞を一本ずつ、錆びた針で刺し通されるような激痛が走る。視界はどろりと濁り、吐き出した吐息すらも鉄錆のような不浄な臭いが混じっていた。自分の腕を視界の端に捉えれば、そこには十五年間、他人の呪いや病を肩代わりし続けた「報い」が、どす黒い痣となって這いずり回っている。皮膚の下で何かが蠢くような感覚。もはや俺の体は、俺自身の血肉よりも、他人の「負」の集積体として成り立っていた。
「聞き苦しいぞ、アルス。最期の瞬間まで醜態を晒すつもりか」
大聖堂の冷たい石畳の上。高台から見下ろしてきたのは、かつて俺に「救世の代行者」という美名を授け、厄災の引き受け役へと仕立て上げた大司教だった。彼の背後には、清らかな純白の鎧に身を包んだ聖騎士たちが、まるで道端に転がる汚物を眺めるような目で俺を見つめている。かつて俺が、彼らの家族の病を、彼ら自身の傷を、その身を挺して吸い取ってやった事実など、この場には最初から存在しなかったかのようだ。
「……はぁ……はぁ……申し、訳……ござい、ません」 「もうお前に吸い取れる呪いはない。神託によれば、お前の器は満たされ、ひび割れ、今や歩く汚物溜めと化している。聖教会の、ひいては王国の品位を汚す存在に用はない」
器が満たされた、か。確かに、大司教の言う通りかもしれない。十五年前、孤児だった俺がこの能力を見出されたとき、大聖堂は俺を「神の賜物」と称賛した。だが、吸い取った呪いはどこにも消えない。俺の体の中に蓄積され、俺を内側から蝕んでいく。最初は小さな痣だった。それがいつしか全身を覆い、心臓の鼓動を不整に乱し、今や呼吸をすることすら、肺の中に熱した鉛を流し込まれるような苦痛を伴うようになったのだ。
「……あ、りがとう……ございます。皆さまの、身代わりに……なれたのなら……俺は……」 「ふん、殊勝なことだ。だがな、アルス。お前の存在そのものが、もはやこの国の聖域を汚染する源なのだ。お前が吸い取った呪毒は、もはやお前の魂すらも侵食し、不浄なる厄災そのものへと変質した。もはやお前をこの地に留めることは、神への反逆にも等しい」
大司教が冷酷に言い放つ。その言葉と共に、背中に衝撃が走った。聖騎士の一人が、俺の体を無造作に蹴り飛ばしたのだ。俺は大聖堂の重厚な扉の外へと、無様に放り出された。降りしきる雨が、熱を持った肌を無慈悲に叩く。
「追放だ。どこか人目に付かぬ奈落の底で、静かに腐り落ちるがいい。二度と、王都の土を踏むことは許さぬ」
ガチャン、と背後で施錠される音が響く。それは、俺の十五年間の献身が「無価値」であり、かつ「有害」であったと最終宣告を下す音だった。
「……はは……。やっと、一人になれた……」
俺はふらつく足取りで歩き出す。 行き先なんてない。ただ、誰もいない場所で、静かに消えたかった。俺が死ねば、体内に溜まったこの莫大な呪いが、周囲に漏れ出すだろう。王都の近くで死ねば、この雨と共に呪毒が広がり、多くの人々を死なせてしまう。せめて、それだけは避けたかった。俺は、できるだけ人里離れた、魔物すら住まないと言われる「死の森」を目指した。
(呼吸が、熱いな……)
一歩、足を踏み出すごとに視界が赤く染まる。俺の体は、今や負のエネルギーの塊だ。触れるものを腐らせ、命を枯らす死の象徴。かつて人々を救った俺は、今や世界で最も恐ろしい歩く生物兵器と化している。
だが、その時だった。ピチャリ、と足元の水たまりを踏みつけたとき、不思議な音が耳に届いた。 「……ん?」
見れば、俺が踏みしめた泥の中から、あり得ない速度で「芽」が吹き出していた。 それは瞬く間に成長し、美しい白銀の花が雨の中で凛と咲き乱れた。それだけではない。俺がよろけて肩をぶつけた立ち枯れた巨木が、まるで時間が巻き戻ったかのように青々と葉を茂らせたのだ。森全体が、重苦しい静寂ではなく、生命の祝福のような神々しい輝きを帯び始める。
「なんだ……これは。俺の毒が、あまりにも強すぎて……世界の理が狂い始めたのか?」
俺は、ただただ恐怖した。自分の不浄さが、ついに自然界の循環すら破壊し、バグらせ始めたのだと思った。死をもたらすはずの呪毒が、あまりの濃度ゆえに「過剰な生命力」として暴走しているのだと。
だが、本当は違った。十五年間、王国全土から、何百、何千、何万人という人間から吸い取り続けた「負」のエネルギー。それはアルスの体内で絶え間なく圧縮され、逃げ場を失い、彼の生存本能によって限界まで練り上げられた。 結果として、彼の魂は「負」を「正」へと、あらゆる「呪い」を「神力」へと瞬時に置換する、人類史上初の『聖魔融合炉』へと変異していたのだ。アルスから漏れ出しているのは、彼が思うような「毒」ではない。 世界を再構築し、あらゆる不和を調律する「神の息吹」そのものだ。だが、長年「お前はゴミ箱だ」「お前は不浄だ」と教え込まれてきたアルスに、それを知る術はない。
「早く、もっと奥へ行かないと。俺がいるだけで、この森が変なことになってしまう……。せめて、俺一人が消えるだけで済むように……」
俺は必死に森の奥へと逃げ込んだ。 俺が歩くたびに、地面からは伝説級の薬草が生い茂り、傷ついた鳥たちが俺の頭上を飛ぶだけで完治して空へ帰っていく。 まるで、世界そのものが俺の存在を歓迎し、称えているかのようだった。
【王国・大聖堂内】
アルスを追放した大聖堂では、そのわずか数分後、未曾有の事態が巻き起こっていた。
「報告します! 王都の北東、第十七監視塔が突然崩落! さらに、守護結界が急速に減衰しています!」 「な、なんだと……!? まだアルスを追放してから半刻も経っていないぞ!」
大司教は激昂し、自身の杖を石畳に叩きつけた。彼らは理解していなかった。 アルスが吸い取っていた呪いは、単に「消えて」いたわけではない。彼の存在そのものが巨大な避雷針となり、国中に漂う負の感情や穢れを、常にリアルタイムで吸引し、中和し続けていたのだ。アルスという「蓋」が失われた今、十五年分、いやそれ以前から蓄積されていた呪毒が、一気に噴き出し始めていた。
「大司教様、大変です! 地下の霊廟に封じられていた古の呪印が発動しました! 王都全体に、原因不明の灰色の霧が……!」
窓の外を見れば、そこには先ほどまでの平穏な雨ではなく、全てを腐敗させるような死の霧が漂い始めていた。王国の繁栄を支えていたのは、聖教会の権威でも、聖騎士の武力でもなかった。ただ一人の少年が、その身をボロボロにして吸い取り続けていた、世界の汚物。その犠牲の上に成り立つ、砂上の楼閣に過ぎなかったのだ。
【死の森・最深部】
俺は、森の一際大きな、枯れ果てた巨樹の根元にたどり着いた。もはや一歩も歩けない。意識は混濁し、立っていることすら奇跡のような状態だ。ここでいい。ここで静かに、俺という不浄を終わらせよう。そう思った時、俺は巨樹の影に、不自然な白い影を見つけた。
「……え?」
そこにいたのは、一人の少女だった。ボロボロの法衣を纏い、黄金の装飾が施された杖は中ほどから無惨に折れている。それは、見間違えるはずもない人物だった。 王国最強の聖女にして、俺の幼馴染でもあったエルナだ。本来なら王都の最奥で守られているはずの彼女が、なぜ、こんな地獄の淵にいる。
「エルナ……? どうして、君がこんなところに……」 「……あ……るす……さま……?」
虚ろな瞳で空を仰いでいた彼女が、ゆっくりと俺の姿を捉える。彼女の体は、先ほど俺が見た王都の不穏な霧を浴びたのか、肌が土色に変色し、死の縁に立たされていた。
「いけない、エルナ……俺に近づくな! 今の俺は毒の塊だ……触れるだけで、君は……!」
俺は死力を振り絞って、彼女から距離を取ろうとした。だが、エルナは這いずるようにして、俺のボロボロの裾を、その震える指先で掴んだ。
「いいえ……ようやく、見つけました。世界に捨てられた、私の、唯一の神様……」 「何を言ってるんだ……意識が朦朧としてるのか? 俺は神なんかじゃない、ゴミだ、ゴミ箱なんだよ!」
だが、彼女の目には、絶望に沈む俺の姿など映っていないようだった。ただ、天を突き抜けるほどの眩い黄金の光を放ち、傷ついた世界を、そして彼女自身の魂を優しく癒しながら佇む、「新しき神」の降臨だけを、熱狂的な、あまりにも重すぎるほどの瞳で見つめていた。
「もう……どこへも行かせません。貴方を捨てた世界なんて、滅びてしまえばいい……。今度は私が、貴方を守り、貴方に捧げます。私の心も、体も、魂も……すべてを」
聖女の細い指が、俺の手に絡みつく。冷たかった彼女の指先が、俺の魔力に触れた瞬間、劇的な熱を帯びて再生していく。その時、俺の視界の中に、見たこともない透明なパネルが浮き上がった。
『――条件達成。個体名:アルス。これより【世界統治権】の移行を開始します』 『八聖女の筆頭:エルナが、貴方の【眷属】として登録されました』 『現在の信仰度:測定不能。神性が100,000上昇しました』
「……なんだ、これ」
俺の知らないところで、何かが決定的に壊れ、そして始まった。俺が「平穏に死にたい」と願えば願うほど、システムが俺を王座へと押し上げていく。足元では枯れ木が神殿の柱へと変じ始め、空には虹の橋が架かる。俺はただの死に損ないのはずなのに。世界が、俺を神として再構成していく音がした。
死に損ないの【厄災引き受け役】、実は世界中の呪いを吸いすぎて「神」の位に到達していた件 〜静かに余生を過ごしたいのに、俺を捨てた王国が滅びかけ、救った聖女たちの愛が重すぎて離してくれない〜 新条優里 @yuri1112
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