第3話 あの子はナイーブ
俺達三人(?)は現場に向かっている。普通に早足で。
「超人的な力がある訳じゃないんだな」
《ふふふ、頑張ってね》
なんだ? 凄く嬉しい気分になるぞ? またズルいヤツだ、これ。
「でも、何か、体のキレは良い気がする」
「身体能力の基盤自体は変化していませんが、超感覚的能力で鋭敏化したことにより、効率的に体を使えるようになったと考えられます」
「うーん、要は運動神経が良くなったってことか」
「その認識で問題ありません」
「あと、この融合って、戻せるの?」
「融合の解除は可能です。むしろ、早めに解除することを推奨します。実は、長時間の融合がもたらすリスクは予測できません」
「おっと、意外と怖いな。まあ、でも、檮原さんとなら……」
《悪くはないけど、実体がないのはなぁ……》
「長時間の融合は控えてください。融合状態で得られる高揚感や一体感に刺激され、二人で共有する快楽的親愛感が名残惜し」
《言ってないって! そんなこと言ってないよ!?》
「そ、そう言えば、状況とやるべきこと、簡単に説明してくれないか?」
「超感覚的能力は、良くも悪くも意思疎通が先鋭化します。二人も暴走者も同じです。暴走者の放置は危険ですので、二人の力で暴走者の能力因子に休眠措置を施してください」
雑すぎんだろ。その能力とか遺伝子的相性とか、結局何なんだよ? いや、もう決めてるんだけどさ。
「わかった。休眠措置に注力する」
《奈半利くん、そんな説明で良いの? なんなら私が》
「大丈夫だよ、檮原さん」
ポンコツな説明をされても、じゃなくて。
「檮原さんは、覚悟と誇りをもって臨んでるんでしょ? それなりの知識もあるみたいだ。俺はそう感じた。今はそれに乗ると決めた。それだけだよ」
《奈半利くん、ありがとう……》
「とても良いコミュニケーションです。特に、情報化されている茉莉には、肯定的な精神作用は高い効果が見込まれます。単なる信頼に留まらない、深い親愛の念」
《だから! なんでそんなこと言うの!? もう……》
あの、檮原さん、猛烈な羞恥心がこっちにも届いちゃってるから、溢れ出ないよう気を付けてください……と、言っても大丈夫かな……赤面死しないかな……
*****
現場の教室に到着した。隅で、一人の男子生徒が悶え苦しみながら、ブツブツと呟いている。
「嫌ってるんだ、憎んでるんだ、恨んでるんだ」
恐ろしく強いネガティブな圧を感じる。
「通常の人間でも、不快感を催す程の気配になっているようです。これにより、この近辺には誰もいないようです」
あれが人払いにもなってるって訳だ。
「シーアイからの干渉は不適切なため、私は情報提供と状況分析しかできません。物理的にも精神的にも、橙弥と茉莉で対処してください。なお、私は相手から認識されません」
ヘルプメッセージしかないタイプのチュートリアルかよ。死にゲーによくあるヤツ。
《奈半利くん、あの人、一部の感情の疎通路が開いてる、ていうか、全開。多分、周囲の負の感情を感知しすぎたんだと思う》
「なるほど、俺はそこまで詳しくはわからないけど、言ってることはわかる。檮原さんの能力は全開って、こういうことなんだ」
《え……あ、うん……ま、任せて》
えー、そこ照れるとこなの? あ、こっちに気付いた。
「イラつく陽気なヤツらが来てると思ったら! お前らかっ!」
近付いてきた!
右腕を振り上げて拳を打ち下ろしてくる!
ガンッ!!
あまりにも単純な動きで、簡単にかわせたけど、拳がそのまま机に激突した。
《奈半利くん!》
「大丈夫。簡単にかわせた、けど……」
「自身の損傷も厭わない動作です。暴走の影響で身体のリミッターが機能していないと考えられます。」
打ち付けた拳だけでなく、右腕全体にもダメージがあるみたいだけど、大丈夫なのか?
「身体へのダメージも深刻化する可能性が高いと考えられます。橙弥が拘束し、その上で茉莉が休眠措置を施してください」
チュートリアルなのに捕獲ミッションとは、なかなかハードすぎるだろ。でも、体の動きには余裕があるんだよな。上位のアスリートってこんな感覚なのかな?
「お前らもムカムカを投げつけたいんだろ!!」
叫ぶねえ。
「お前らってことは、檮原さんのこともわかってるのか」
《うん、私にも棘みたなのが飛んでくる感じがするよ。あ、来る!》
今度は走って突っ込んでくる!
仕方ない。抱きくるむようにして、拘束しながら二人して床に転がった。
いってえなあ。
しかも暴れやがる。相手の力は強いけど、要領良く抑えられるぞ。何かの達人にでもなった気分だ。まあ、男二人が教室の床でドタバタしている絵面は、何とも酷い気がするが。
「橙弥が取り押さえている間に、茉莉が休眠措置を行ってください。相手の中で異質に感じる領域に対して、鎮静を強く促すイメージで実施できるはずです」
《わかった》
「なお、その間、茉莉の意識領域が無防備になると考えられるので、橙弥は防護を行ってください」
「へ? いや、俺、こうしてっ、取り押さえるっ、だけでっ、手一杯なんだけど!」
「茉莉を包み込むようにイメージしてください」
おいおい、ハードル高すぎだろ、色々な意味で!
「えーい、もうっ!」
ヤケクソだ。
俺の中にある特別な存在。それを、毛布のような、繭のような、手のような、とにかくそんなもので柔らかく包むように感じてみた。
《えー……ちょ、ちょっと……》
「檮原さん? どうしたの? 足りない?」
もう一息か。しっかり包み込んで守るイメージで念じてみる。
《あ、え……うひゃ……なんか恥ず……》
「これで行けそう?」
《う、うん……うん! うん!! 私、頑張るね!!》
檮原さんから、決意と力強い気持ちの迸りを感じたかと思うと、暴れていた生徒は急にぐったりとなった。
こうして、俺達は、初めて暴走を止めたのだった。
*****
「この人、このまま寝かせたままで大丈夫なのかな?」
「少なくとも、生命という観点からは、特に問題はないと考えられます。暴走時の記憶も曖昧だったり、混濁と認識されるでしょう。もし、人間の社会秩序という観点から、問題があれば対処すべきです」
「うーん、それなら、特に問題ない気がするな。下手にいじると、面倒が起きそうだし。よし、じゃあ、融合を解除しよう。どうすれば良いんだ?」
《ちょっと待って、今解除しちゃ駄目! 私がそのまま出ちゃうから!》
「あ、そうか! さっきの教室に戻ろう」
危ない、危ない。
そうして、さっきの空き教室へと戻ってきた。檮原さんの制服は、出た時と同じ状態のままだった。
これ、誰かに見つかってたら、大変なことになってるな。
「可能な限り早い解除を推奨します」
「わかってるよ。檮原さん、カーテンのそばで解除してそれに隠れてもらう、で、大丈夫かな?」
《う……裾がスカートより短い気がする……なんか、不安だけど、急ぐから仕方ないか……》
カーテンを引き出して集めて、近くの机を更に寄せる。
「どんな感じで出てくるの?」
《わかんないよ……私だって初めてなんだし》
「ああ、そっか」
《あー、待って待って! 制服、そのまま全体を掴んで、どさっと置くだけでいいから! 開いたり畳んだりしないでいいから!》
「わかってる。大丈夫だよ」
「特に時限がある訳ではありませんが、準備ができたのであれば、速やかに解除したほうが良いでしょう」
ようやく準備が整って、カーテンの前に立つ。
《奈半利くん、目を瞑っててよ。お粗末なんだから、見ないでよ……》
檮原さん、さっきから煽ってる自覚ないでしょ?
「融合解除プロセスを開始します」
全身が蕩けるような感覚が広がったかと思うと、檮原さんの存在が、広がって、混じって、俺と擦れ合っていく。
そして、全身に何か別の物体が、現れていくような感覚がする一方で、容赦なく吸い取られて、引き抜かれる感覚も押し寄せてくる。名残惜しいなんて言葉では足りないくらいの、激しい喪失感と虚脱感が襲ってくる。
白い光の粒子が全身から溢れ出て、目の前で結実して人の形になっていく。
ああ、これが檮原さんなのか……
その様子を見届けたい気持ちもあったけど、静かに目を閉じた。粒子と時間が流れていく。
シャッ!
「ああ、こんな感じになっちゃうの……もう……」
カーテンの音と、困ったような檮原さんの声。
思わず目を開いたら、カーテンにくるまっている檮原さんと目が合った。
ピリッとした感覚が体を走り、頭に雷が落ちた気がした。
「だからこっち見ないで! あっち向いてて!」
「ごめん! ごめんなさい!!」
慌てて檮原さんに背中を向けた。
檮原さん、ごめん。真っ赤な顔が、とてもズルいと思ってしまいましたっ! この衣擦れの音からして、急いでるんだよね。ゴメンね、最低な男で。
ん? 衣擦れの音も何かを刺激するけど、もっと別の刺激があるぞ。何か、自分とは違う体の感覚がある。二重に体の感触があるというか……体格も肉付きも全然違う……
少しずつ薄れていくけど、これは何だ?
「それは、物理体を再構成した時の情報の残滓と考えられます」
うお!? ビスか? 脳内に直接ってヤツ?
「あまりにも強い疑問の感情が溢れていたので回答しています。茉莉の身体を、情報体から物理体へと再構成するために、橙弥の身体が基盤として使用されます。そのため、物理的な構造が感触という情報になるのだと考えられます」
え? じゃあ、あれって?
「ただし、その情報は永続するものではなく、すぐに失われていくもののようです」
つまり、一時的な疑似TS体験? 檮原さんの?
そんなことを悶々と考えていたら、制服を着た檮原さんが、俺を追い越すかのように教室の戸口へと向かう。
「あ、檮原さん、もう終わり?」
「トイレでもうちょっと整えてくる」
振り向きもしない。
「あの、今回みたいなのって、これからも続いていくのかな」
檮原さんが、立ち止まって振り返った。
「あんな、あんな、全身をくるむような……」
「え? 何の話?」
見る見る間に、檮原さんの顔が赤らんでいく。
「もう知らない!」
そのまま行ってしまった……
真っ赤に照れてるのに不貞腐れた顔を見ることができたから、まあ、良しとするか。
遺伝子の相性が良いからボブ眼鏡っ子と融合とか言われても、あっ、ちょっ、何だこの感覚!? 遠井 椎人 @shiet-noizs-tauyi
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