第2話 あの子はズルい

 ビスとやらが、檮原さんに代わるように説明を始めた。


「私は、宇宙の集合的生命体であるシーアイの、末端として人間と接触する存在です」


「なかなか難しいな」


「メタファーで表現します。シーアイというクラウドシステムがあって、ビスというチャットボットがあります」


「急に分かりやすくなった」


 でも、宇宙とか生命体とか、どこ行った?


「続けます。シーアイの都合により、あなた方人間に潜在している、超感覚的能力というものを暴走させてしまうことがあります」


「また、ややこしくなってきた」


「言い直します。シーアイが、眠っている邪気眼を覚醒させてしまうことがあります」


「いや、厨二かよ。それでいいのかよ」


「ご存知の通り、邪気眼が抑えられなくなると、この世は闇に支配されてしまいます」


「それで続けるのかよ、俺が邪気眼をご存知前提かよ。いや、知ってるけどさ。そこまでやるなら、組織も出せよ」


「シーアイの影響で、この学校にいる人が超感覚的能力を暴走させてしまうことがあります。それを止められるのは、融合可能な橙弥と茉莉しかいません。」


「おー、まとまってわかりやすくなった。学校の変な現象の噂も、その暴走のせいなんだな」


「そして今、暴走が起きています。早く止めないと、悪い影響が広がっていく一方です」


 概要はわかった。でも、細部も含めて意味不明なことには変わりないじゃないか。


「奈半利くん、お願い。後でちゃんと説明するから、今は協力して欲しいの」


 う、だから、それがズルいんだってば。檮原さんの懸命な姿は、何か刺さる。何だ、これは?


「奈半利くんからすると、私は変わった人にしか見えないと思うけど、今は、お願いします」


 ポンコツの自覚はあるんだな。


「じゃあ、ひとつだけ教えて。何でこんな突拍子も無い話に応じているの?」


「お父さんが追いかけている遺伝子的情報化論、ビスが示してくれたし、私もその一部を経験したの。そして、私はお父さんを信じているから」


 淀みない即答。そして強い表情。手紙セットのお父さんが、どう関係あるのかは知らないけど、やっぱり檮原さんはズルいね。


「わかった。俺にできることがあるなら一緒にやるよ」


「それでは、まず覚醒プロセスを開始します」


 せっかくの檮原さんの喜びと決意の表情を、全然堪能させてくれない、ってビスが光った。


 視界も頭も一瞬真っ白になり、すぐに晴れやかな感じになる。


「成功したようです。推測通り、橙弥は融合適性が高いと考えられます」


 何か変わった? よくわからない。助けを求めるように檮原さんを見る。


 目が合う。


 ああ、食堂の時と同じ、じゃない! 何だこの不思議な吸引力! 美しい人や可愛い人から感じるものに似てるけど、それよりも遥かに強烈!


 何とも抗いにくい、感情的というより本能的な欲求、なのか? 子供の頃に甘いものを目にした時のような感じ。ヤバいヤバい、何か我慢できない、抑えないと!


「これ何? 居ても立ってもいられない気分がするんだけど!」


 檮原さんが何かに気付いたのか、恥ずかしそうに、照れくさそうに目を逸らした。


「奈半利くん、あの、わかる、わかるけど、違うから」


 どういうこと?


「その、凄く良さそうに見えるだけだから。今は頑張って耐えて、お願い」


 何なんだ、そのわかったようなわからないような説明は。てか、何でそんなにモジモジしてるの? ズルいを通り越してる! 鷲掴みにされてるよ!


「覚醒によって、強く魅了される感覚を覚えるかもしれませんが、問題はありません。むしろ、橙弥と茉莉の遺伝子的な相性は、非常に良いことを実証しています。感応の制御が進むにつれて、正常な感度へと落ち着きます」


 いやいや、相性って何だよ、落ち着かねえよ。


「制御と抑制は、既に茉莉が実証済みです。現に、茉莉は今も橙弥に対し」


「ちょっと、ちょっと! それ言う必要ある!?」


「事態の緊急性に対して、時間がかかりすぎる可能性があります。本来、直接干渉することは望ましくありませんが、少しだけ感知を鈍らせます」


 ビスがどんどん話を進める。


 あ、でも、何か変わった。欲求みたいなものは相変わらずだけど、抑えが効く感じがする。


「ちょっと楽になっってきたよ……何とかなりそう」


 落ち着いてきたので、改めて檮原さんを見てみる。


 少し顔を赤らめて、気まずそうに照れくさそうにしている。だから、それやめてー。


「それでは融合プロセスに移ります。茉莉を情報化して、橙弥がそれを取り込みます」


 もう次かよ。ていうか、情報化して取り込む? 何をやるんだ? 蟹歩きで指先を合わせるんじゃないの?


 すると、檮原さんが急ぐように机の下から椅子を少し引き出し、靴を脱いで机の上に座った。足は椅子の座面の真ん中に。そして、眼鏡を外してケースに入れてポケットへ。


「眼鏡を外すの?」


 他にも聞くべきことはあるだろうに、我ながら間抜けな質問だ。


「うん。コンタクトだと失くしちゃうしね。さあ、いいよ」


 檮原さんが、両手のひらを肩の高さまで持ち上げて、開いた状態で待ち構えている。照れているような、期待しているような、そんな眼差しだ。


 え? いや、何が?


「融合のために、橙弥は茉莉の正面に立ち、まず両手のひらをしっかり握ってください」


 促されるままに檮原さんの正面に立った、けど。いや、檮原さん上目遣いってヤツだよ? しかもその表情は何? しっかり握るって? 例の吸引力、ぶっちゃけ我慢してるだけだからね?


「充分な接触と、疎通路の確保が重要です。握り合って見つめ合ってください」


 考えただけで頭沸騰するようなことを、サラリと言いやがって。


 檮原さんの顔を、あー、近いよ、近い。しかも、心臓バクバクなのに、檮原さんの微かな息遣いは、ちゃんと耳に刺さってくる。どんな仕組みなんだよ、これ?


「私もこんなの初めてだし、恥ずかしいんだから、二人で、頑張ろ」


 檮原さーん! それ言う必要ありますかー!!


 意を決して、両手のひらを檮原さんに合わせる。柔らかな温もり。


 お互いにゆっくりと、無言で指をおろしていく。温もりが、指の間を通っていく。


 遂にはダブル恋人つなぎ(でも上方)になった。


 檮原さんを見つめると、視線が交じり合う。


 あー、なんだこれー、手汗大丈夫か? 心音どうなってる? 檮原さんの瞳がっ! もう何がなんだかわかんねえ。


 でも、何とも言えない説妙な一体感。心が蕩けて混じり合う感じとでも言うのか?


「二人とも一旦目を閉じてください。そして、開くと同時に相手の目をよく見てください。その瞬間に融合が始まります。私が合図しますか? それとも二人で決めますか?」


 コイツ、わざと負荷を増やしてないか?


「ねえ、奈半利くん、お願い」


 ズルい! 俺の語彙力!


 これは状況のせい、これは謎の吸引力のせい、これは俺の経験値が少ないせい、がーっ!


 落ち着け、落ち着こう。


「わかった、目を瞑ろう」


 声、震えてないよな?


「さんにいいち、の後にゼロのタイミングで開いて」


「うん」


 か細い声。そしてやっぱり息遣い。見えてないのに俺の何かを鷲掴みにする。割と本気で握り潰すつもりでしょ?


「さん、にい、いち」


 目を開く。


 視界の全てが檮原さん。


 何かの刺激が体を走り抜けた。音は無いけどシュパーンという感じで、檮原さんが、白い光になり粒子になり広がって、俺を包み込むように全身に触れてくる。


 あっ、ちょっ、何だこの感覚!?


 とても不思議な感覚。握りあった手。表層から深層まで見通し合った瞳。そうしたものを超越した、心が触れ合う感覚。


 いや、触れ合うという表現でも足りない。刺激的興奮とも快楽とも心安らかとも違う。自分とは違う個と、擦り合って、絡み合って、混じり合って、心地良い異物感。


 こんなの、ズルい……


 一瞬だったのか永遠だったのか、ふと気付くと、元の現実がある。


 目の前には学校の机と椅子。机の上には、女子の制服が無造作に置かれている。椅子には脱ぎたてのような靴下。檮原さんは居ない。空中には相変わらずのビス。


 そして、さっきまでよりずっと鋭敏な感覚。


「何か、変わった?」


 窓ガラスの僅かな反射で見える範囲では、何も変化は無いようだ。


 すると、心に話しかけられる感じで、何かが響く。


《奈半利くん?》


「もしかして、檮原さん?」


《ふふふ、多分、声を出さなくても通じるよ》


 自分の中で、独立した檮原さんの意識を感じる。完全に分離されているような、特別な存在がある。両手のひらを握り合う時とは、比べ物にならないほどの一体感だ。寄り添う気持ちを、精神的な刺激で体感しているとでも言うんだろうか。


「檮原さんからはどう感じるの?」


《うまく言えないけど、奈半利くんに包まれている感じだよ、うん……不思議だね。しかもね、五感は全然無いのに、奈半利くんの周りを感じ取れるの》


「融合は成功したと考えられます。ただ、私が予想していたことと、違う結果になっていることもあります」


《もしかして、何かマズいことでもあったの?》


 檮原さんの声も、ビスに届くのか。いや、声とは違う概念で通じてるのか。


「あなた方が心配するような、悪いことは起きていません。今の橙弥と茉莉は、融合しながらも異なる意識を維持しています。そのため、相互に伝えるという意志が無ければ、疎通はできないと考えられます。この点は、私の予想範囲外でした」


「ああ、意識が同居しているだけで、二人で駄々洩れとかないってことか」


「その通りです。秘めている限り、感情が伝わることはありません。例えば、茉莉が橙弥の中にあって、その有り様に関して、普段とは異なる強く肯定的で好意的な感」


《わかったわかったわかった! 思考や感情が筒抜けなんてことはないのね! はい、おしまい!!》


「茉莉の生体が情報化されたためか、超感覚的能力については、橙弥は限定的な一方で、茉莉はほとんど制限がないと考えられます」


「檮原さんがの生体が情報化されたってことは、この制服は……ていうか、この制服の中に」


《奈半利くん!? いいから! そこは考えなくていいんだよ!?》


「そのようにじゃれ合うのは、交流としては一定の効果を望めますが、今は現場を優先すべきです」


「じゃれ合うとか言うな」


「失礼しました。二人の関係性、感情、融合というある種の密閉感、これらを考慮していませんでした。適切な表現は、イチャコラする、だと考えられます」


《イチャ!》


「いやいやいや、そうじゃねえよ、何でだよ。何を考慮したんだよ」


《いや、それも違うでしょ!》


「二人でイチャコラしないで、とにかく現場へ向かうことを推奨します」


「誰のせいだよ!」

《誰のせいよ!》

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