遺伝子の相性が良いからボブ眼鏡っ子と融合とか言われても、あっ、ちょっ、何だこの感覚!?

遠井 椎人

第1話 あの子は個性的

 入学式で見かけたあの子、なぜか印象的だった。


 身長は160cm前後か、肩まで伸びた黒い髪。


 真面目そうで意志を感じる表情。


 強いて言えば、凛々しいとでもいうべきか。


 ここ、室津川(むろつがわ)高等学校は地方の公立進学校だ。女子は、大人しくて地味な、有り体に言えば、ちょっと野暮ったい、そんな子ばかりだと思っていた。


 でも、皆、この前まで中学生だったなんて思えない雰囲気がある。誰もが相応の魅力を放っている。


 なんてことだ。俺は全然変わってないのに。


 まあ俺のことはともかく、周囲がそんな感じなので、あの子は、特別に目立つ存在ではない、はずだった。


 でも、なぜか印象的だった。正直、惹かれていたと思う。


*****


「いつも弁当持参の橙弥が、食堂に来るなんて珍しいね」


 昼休みの混んだ食堂、同じクラスの 須崎 司(すさき つかさ)が、向かいに座った。


「たまたま、母さんの体調が良くなかっただけだからな。金曜日だから、週末にゆっくり休んで欲しいよ」


 俺の名前は 奈半利 橙弥(なはり とうや)。司も俺も室津川高等学校の一年生だ。


「そういや、三者面談の時、何か言われた?」


 一学期の中間テストの結果を受けての三者面談のことだ。進学校だからか、定期テストの後には必ず実施されるらしい。


「これからも勉強が続くから、気を抜かずに頑張れ、みたいなことを言われたよ。親も同調する感じ。司のほうは?」


「俺も似たようなもんだよ。そんなにうるさいことは言われてない。でも、今度は期末テストが迫ってるね」


 そんな他愛も無い、進学校によくありそうな話をしていると、ふと、ボブカットで眼鏡をかけた女子が目についた。


 すぐわかった。入学式のあの子だ。


 髪型が違う。あの時は着用していなかった眼鏡を掛けている。でも、なぜかすぐわかった。


 つい、あの子に目がいってしまい、司の話には適当な返事で済ましてしまう。スマン。


 あの子は、席を探しているように振る舞っている、が、どちらかというと、人を探しているように見える。


 すると目が合った。


 ピリッとした感覚が体を走った。気のせいか? 不思議な感覚がした。


 一方で、あの子は「ああ」と納得したような顔を見せた。


 そして、何かに浸っているような、我慢しているような仕草をしたかと思えば、覚悟を決めたような複雑な表情をする。でも、結局、堪えるような感じで目を逸らした。


 何とも忙しない人だ。まあ、他の方へ行くんだろう、って、こっち来るの!?


 気付いていない素振りをしながら、こっちに来ている、つもり、なのか? あれだけガッツリ目が合ったのに? ていうか、チラチラとガン見してる。矛盾してるよ、怪しいよ。


 表情も読めない。怒っている? 睨んでいる? 噛みしめている? 嬉しそう、は違ってそう。


 ていうか、今、俺はちゃんと司の話に合わせられているだろうか? 不思議な力に集中力持っていかれる。


 そうこうしているうちに、あの子は近くをぐるっと回って去っていった。その付近に空席が無いのは明らかなのに、なんでだ?


 もう、どう見ても怪しいとしか言い様がない。教科書に載せても良いくらいの挙動不審。どこからツッコミを入れれば良いんだ?


「あの人が気になるの?」


 もしかして、挙動不審になっているのは俺のほうだったか? 落ち着け。中学生じゃないんだ。女の子に興味があるなんて当たり前、恥ずかしいことじゃない、さらりと繋げろ。


「ああ、何か気になる」


「あの人は 檮原 茉莉(ゆすはら まつり)さん、俺と同じ室戸崎中学校の出身だよ」


 よし、セーフだ。乗り切った。


「ああ、檮原さん。司と同じ中学校なんだ」


「お父さんが、大学の教授だか准教授だかなんだって」


「じゃあ、ちょっとお堅いタイプ? ちょっと男子ぃ的な委員長型?」


「あははは、そんな感じではないかな。騒がしいって感じじゃないけど、大人しいって感じでもなかったかな。陽キャ寄り、っていうくらかな」


「ああ、なるほどね。なんとなくわかる」


 ただし、挙動不審は除く。


「中学の時は、三つ編みで眼鏡かけててさ、高校に入って、コンタクトにして長い髪を色々スタイリングしてたんだよ。同年代の俺が言うのも何だけど、年相応に垢抜けていく感じ。女の子は変わるよね」


 入学式で感じた、あの置いてけぼり感は俺だけじゃなかったんだな。良かった。いやいや、そうじゃなくて。


「でも、ボブだし眼鏡だったよな?」


「うん。最近になって、髪型変えたし、眼鏡も掛けるようになったみたいだね。試行錯誤とか、早くもイメチェンとかなのかな?」


「あの挙動不審もイメチェンの一環?」


「あははは、確かにさっきは何か変だったね。でも、髪型変えたりしてから、食堂で席を探している様子をよく見るようになった気がするよ。でも、見た目の変化で目に付くだけかもしれないね」


「うちの高校では、そんなに目立つ感じじゃないから、司が感じたことも、そんなに違ってはないかもな」


「そうかな? 檮原さん、結構男子人気があると思うよ。良かったら、橙弥を紹介しようか? 勝手なイメージだけど、二人は相性が良さそうな気がする」


 おっとお、青春イベントフラグかこれは? 友人の紹介でってヤツか? いや待て慌てるな。そんなに都合良く行くはずがない。ここはクールに行くべきだ。


「まあ、そのうち機会があったら、よろしくな」


「そう? わかったよ、無理強いはしない」


 よし、完璧なはずだ。いくら檮原さんが気になるからって、がっつかないよ、俺は。


*****


 週が明けて月曜日、機会は向こうからやって来た。


 下駄箱の中に白い封筒が一通、ちゃんと宛名が読めるように立て掛けてあった。宛名は「奈半利 橙弥 様」だ。まあ、どう見ても俺宛だよな。


 手に取って裏を確認してみたら、やっぱりご丁寧に差出人が書いてある。しかも「檮原 茉莉」と。当然のように、締めマークも書いてある。


 んん〜、こんなにシンプルなのに、初手のツッコミが困難ってある?


 とりあえず、鞄に入れて教室に移動だ。


 さて、教室から更に、朝は人気の無い図書室へと移動してきた。トイレの個室でも良かったけど、手紙を蔑ろにしているみたいで、何か気が引けた。


 まあ、罰ゲームという可能性も捨てきれないが、とりあえず、中身を確認してみるか。


 封を開けたら、内側に青い紙が見えた。透けないように中に青い紙のある、二重構造のあの白封筒。イタズラでも、もしかしたらラブレターかも、という我ながらキモい期待が握り潰されていく。


 中には、丁寧に畳まれた便箋。開く前からわかる、無地に罫線だけのあの便箋。もう、ほぼ確。むしろ高度なイタズラまである。


 ていうか、小学校の授業の「手紙の書き方」で扱った教材そのものじゃないか。よく家にあったな、わざわざ買ったのか? 父親が大学の教授だから、檮原家では常備品なのか?


 便箋を開いたら、容赦なく視界に飛び込んでくる「拝啓」の二文字。そして数行の本文と、末尾にはやっばり「敬具」の二文字。ばっちり「手紙の書き方」、檮原さんが小学校の教科書を見ながら書いたと言われても、微塵も疑わない。


 肝心の用件は、今日の放課後に空き教室に来て欲しい、とのことだ。ちなみに「お伝えしたいことがあります」とか書いてある。館内放送かな?


 俺は、まだまだ訓練が足りないかもしれないが、かなりの確率で、ラブレターではないと言えるだろう。そして、イマイチ自信は無いが、イタズラではない、と思う。


 でもまあ、果たし状ということもないだろう。


 それにしても、よくよく見ると、何か字が微妙な気がする。いや、俺の字も大概で人のことをとやかく言えるレベルではないけど、何かこうクセのあるバランスの崩れ方というか……


 いや、何か頑張ってる感はあるよ、うん。


 檮原さん以外の何かが待ち構えているかもしれないが、放課後にその空き教室に行ってみるか。


*****


 放課後になって、指定の空き教室に行ってみたら、檮原さんが一人で待っていた。とりあえず、出落ち終了はなかった。


 檮原さんも安堵の表情を見せた後に、少し照れくさそうな素振りをする。何か、ズルくないか? トラップなの?


「わざわざ来てくれてありがとう。私は、檮原茉莉っていいます」


 うん、知ってる。


「奈半利くん、突然変な手紙を渡してごめんなさい」


 変とか、そういう次元じゃなかったかな。


「私、男子に手紙なんて書いたことなかったし、友達相手に使うような封筒とか便箋は避けたほうが良いって聞いたから、あんな感じになっちゃって」


 ああ、そういうことね。理解はするよ。


「特にハートマークとか、ピンク系とか、かわいい系は誤解されやすいみたいで」


 え? その方向で続くの?


「でも、失礼なことはやっちゃいけないと思って、あの封筒で渡したの」


 まあ、言ってることはわかるよ。そして、檮原さんの意図は大成功だったと思うよ、うん。


 変わった人かもしれないと思っていたけど、変わった人だった。ていうか、意外と面白いぞ、この人。


「最近、学校で変なことが起きてるって話、聞いたことある?」


 白い封筒で呼び出しとか? いやいや違う、ちゃんと合わせよう。


「もしかして、精神的に苦しんだり、怯えたりする生徒がいる、って話?」


「うん、そう」


 オーケー、正解だ。好感度アップ音いただき。


「皆から嫌われてる、とか、周囲の圧で行動させられてる、とか、自分の考えが漏れてる、とか、そう感じるって話があるみたい」


「誰かから負のオーラが出てて怖い、みたいなのも聞いたことがあるね」


「そうね。勉強のプレッシャーのせいじゃないか、とか言う人もいるみたい」


 んー、これが本題なの?


 いや、話の内容はわかるんだけど、面識もない男子と、わざわざそんな世間話をするために呼び出したの?


 確かに檮原さんは、ちょっと、その、ポンコ、いや、個性が光る人だけど、ちゃんとした感じがするから、何か違和感があるな。


「これは、実は深刻な問題でね」


 少し話が変わってきた。


「解決しなきゃいけなくて、えと、でも、私一人では難しくて」


 抽象的で、しどろもどろな説明で、どうも要領を得ないな。


「よかったら、奈半利くんにも協力を仰ぎたくて」


 俺に何か手伝って欲しいって話? そもそも、檮原さんに何かできるの?


 檮原さん、時折困って助けを求めるように、何もない空間に視線を流すことがあるな。癖か何かかな?


「ごめん。途中から檮原さんの話がよくわからないや。いや、俺に手伝えることがあれば、手伝うことはやぶさかではないけど、話が見えないんだよね」


 う、その困った顔やめて。


 それはともかく、そもそも、学校の問題自体にオカルト感がある。もしかして、檮原さんがオカルト研究会をやってみたい、という話なのかな?


 あー、ラノベで見たヤツか。不思議系とか地雷系とか、残念美少女の趣味に付き合ってリア充爆発するヤツ。いやいや、そうじゃなくて。


 うーん、檮原さんはいたって真面目なことを伝えたい、って感じには見えるんだよな。ただ、うまく説明できてない、というより、何を説明しようか迷っているのかなあ。


 すると、急に不穏な気配を強烈に感じた。


「え? これって……」


 檮原さんが不安そうな表情で、また視線を流す。


 そうした一方で、気配がまた一段と強くなる。これは何なんだ? どこか離れた場所から流れてくる?


「ねえ、とってもマズいんじゃない!?」


 檮原さんも驚いて焦っている。誰かに訴えている?


 不安感、不快感、焦燥感、といった圧があって、うまく言い表せないけど、なんとも嫌な感じがする。


 すると、檮原さんの視線の先から、まるで空間を割って出てくるように、鈍く光る球体のようなものが出現してきた。


 野球ボールくらいの大きさだけど、何だこれ? オカルトの次はファンタジーか? もしかして、檮原さんの視線が流れていたのは、これが見えてたから?


 しかも、フォトリアルなCGみたいに、微妙に現実から浮いてるような違和感があるぞ。


「私はビスと申します」


 うわー、日本語喋ってるよ。お約束だよ。


「橙弥と茉莉は、遺伝子的な相性が良いので、融合して今起きている問題を解決してもらえないでしょうか?」


 丁寧だし、言ってることはわかるけど、言ってることがわかんない。何言ってんだ、俺は。もう、勘弁してくれ。

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