双星王の日常

虚数遺伝子

1.献上

 連星システム――アルマとカルダのもとで生かされるある惑星。惑星に生きる人種は数千年の文明を持ち、近未来の国々を築き上げた。

 中に宇宙エレベーター‶アルマネ〟を建造する世界の覇王、ワネール帝国にて。


 君主――ウィリアンサ・マリエヌ・ド・ワネール、ウィルは謁見の間で玉座に座り、南の使節団を見下ろす。


 彼は王の威厳を保ちつつ使節団を警戒する。何しろ、帝国から遠い南ほど、帝国に反逆する勢力が多いのだ。


「お目にかかれて光栄でございます。陛下」


 左右に衛兵達に囲まれている五人は、ウィルに深々と頭を下げた。


「前置きはよい。何故我が国に来訪したのか、その真意を確かめたい」


 ウィルは赤い瞳で睨み付けた。


 彼の斜め後ろに一人の少女――ダリアが背筋を伸ばして立っている。彼女はウィルの専属護衛で、いつでも動けるように銃器を肌身離さずに装備している。


 彼女はチラッとウィルの横顔を見る。ウィルが完璧に演じるゆえに、彼女にしか分からない変化だ――首に汗、緊張が走るサイン。


 ――王が合図を出せば、不届き者全員を私が……!


「失礼いたしました。我々が帝国に訪れたのは他意はなく、ただ陛下に隷属の証として忠誠を示したく思います」

「忠誠だと?」とウィルは赤い瞳を光らせる。喋っている男が顔の筋肉を動かしたら、嘘だと見破るつもりでいる。

「は。その印に、陛下へ献上したいものがございます」


 跪いたまま、男は仲間に視線を投げる。すると彼の背後にいる女が立ち上がる。その両腕に白い布で覆った四角いものがある。


 彼女が前へ歩くと、両側の衛兵達とダリアが警戒するように身を乗り出す。そんな彼らにウィルは片手を挙げて制止する。

 女は数歩だけ歩いて、また膝を地に付いた。


「献上品はこちらでございます」


 彼女は布に手をかける――。

 どくん、とダリアは自分の心臓が跳ねる音が聞こえる。ウィルの命を危険に晒すかもしれないこの一秒が、止まったように長い。


 さっと布が外された。謁見の間で露わになったのは――獣の籠である。籠に捕らえられているのは毛並みがよく、丸っこい生き物で、それでいて頭部から長い耳を二本持っている。


 無害そうな小動物に、ウィルは一瞬顔を顰めた。


「なんだ、それは?」

「は。未開発の地域でのみ発見される生き物、うさぎでございます。絶滅しないように、我が国で保護、繁殖させております」

「未知の生物を飼う知識は我が王宮にない」

「承知しております。なので、私、リーネ・トウルがこちらに残り、うさぎの世話をいたしましょう」


 ウィルは考える。

 献上品と言われたものは獣一匹と一人――人の方は人質と言える……が、彼女はそれほどの価値があるかはまだ分からない。


 ――ハルト公国。南の混乱に乗って建国した小国であるが、混乱の中で自分の国を確立し、周りを制圧している。小国といえど侮れない。しかし、南出身は反帝国勢力が殆どだ。彼らが親帝国にシフトする理由が見えない……。


 なんて考えるウィルだが、概ね複数のシナリオが思い付いた。今の彼の思考を阻むのは誰でもなく、リーネの腕の中にいるうさぎだ。小さくてかわいい。抱き心地良さそうな柔らかさ。


「貴殿の考えが分かった。受け入れよう」

「ありがとうございます。これ以上ない光栄でございます」


 使節団が彼に一礼して、リーネを残して謁見の間を退出するまで、ウィルは動かなかった。彼はただ自分に頭を垂れたままでいるリーネの両腕にいるうさぎを、ちらちらと見るだけだった。


「陛下?」


 男の声に、ウィルは振り返る。すると奥に控えていた執事、ヴェルがダリアの横に立っていた。


「う、うむ。そうだな。ヴェル。お前が使者の住む部屋を用意してやれ。うさぎは……、執務室に置け」

「かしこまりました」

「リーネ・トウル。お前は明日からヴェルの指示に従い、必要な時のみ執務室のアクセス権限を与える」

「はっ」


 ヴェルは一礼して、リーネを連れてまた奥へ姿を消した。

 ウィルは安堵した溜め息を吐いて、今日の公務はまだ終わらないと、執務室へ向かった。




 夕方。

 報告に上がる臣下がそれぞれ王宮を離れた頃勤務時間外。ウィルは時間を忘れまだ書類に没頭していた。


 カリカリ、と籠に爪を立てる音に、ウィルの集中力が切れる。

 彼はハッとして顔を上げると、うさぎの存在を思い出す。


「そうだったな、新しい仲間だ」


 ウィルは強張った顔を緩め、背筋を伸ばす。長時間の激務は少年にとって過酷なものだ。彼は席から立ち上がり、うさぎに近付いていく。


「ずっと籠の中だと退屈だろう。今は誰もいない。私と寝室へ行こう」


 彼はそう言うと籠を開け、うさぎを抱き上げて腕の中に収める。不思議に、うさぎは反抗せずに鼻を動かせるだけで、頭をウィルの腕の下に置いた。


「なんだ、撫でてほしいのか? 危機意識なさすぎだな。どうやって生き残ったのだ?」


 なんて言いながら、ウィルはリクエスト通りに頭を撫でてみた。するとうさぎは気持ちよさそうにウィルの手を頬ですりすりと擦り、ぺろりと舐めた。


 ウィルは凍り付いた。

 未知のもふもふに、ウィルは未知の感情に触れた。


 ――……少しだけだ。私が直接、献上品を確認せねば……。


 ウィルは気付かない。その顔は既に王ではなく、少年の表情だった――。


 ――弱冠十五で帝国を統べる少年王、陥落。

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