第10話(最終回)「完全勝利の余韻」



 スマホが短く振動した。

 画面を確認すると、銀行アプリからの通知だった。


『入金アリ スズキ イチロウ(※仮名) キンガク 30,000エン』


 今月から始まった、あの夫婦からの「土地代金」兼「解決金」の分割払いだ。

 これから十年間、毎月この通知が届くことになる。ボーナス月にはもっと増える予定だ。


 私は満足げに口元を緩め、スマホをポケットにしまった。


「綾、お庭の掃除が終わったわよ。お茶にしましょうか」


「はーい、今行く」


 縁側に出ると、母が朗らかな笑顔で手招きしていた。


 数週間前までの、眉間に皺を寄せ、小さくなっていた母の姿はもうない。

 憑き物が落ちたように顔色が良く、声にも張りがある。

 それも当然だ。悩みの種だった「不法駐車」も、「管理できない土地」も、すべてきれいさっぱり消え失せたのだから。


 私たちは縁側に座り、温かいほうじ茶を啜った。

 秋風が心地よい。


「そういえば、さっきスーパーの帰りにあそこを通ったんだけど……」


 母が少し声を潜めて言った。


「奥さんが、あそこの草むしりをしていたわよ。なんだか、随分とやつれた様子だったけど」


「そう。まあ、自分の土地になったんですもの。管理するのは所有者の義務でしょう?」


 私は事もなげに言った。


 風の噂――というより、地域ネットワークの情報通なオバサマたちの話では、あの夫婦の現状は悲惨なものらしい。


 夫は逮捕こそ免れたものの、警察沙汰になった噂が会社に広まり、窓際部署へ異動になったとか。給料は激減し、昇進の道も閉ざされたという。


 妻の方も、SNSでの自作自演と他人への攻撃が特定され、パート先をクビになった。今は深夜のコンビニで働いているらしいが、近所の目は冷たい。


 そして何より、彼らには「二つのローン」が重くのしかかっている。

 自分たちの家のローン。そして、私に買わされた「不要な土地」のローンだ。


 二束三文の価値しかない、使い勝手の悪い土地に、毎月必死にお金を払い続ける。滞納すれば即差し押さえ。

 まさに、生き地獄だろう。


「……私、ちょっと怖いくらいよ。綾があんなふうに解決しちゃうなんて」


「あら、私はお母さんを守っただけよ」


 私は茶菓子を口に放り込んだ。

 甘い羊羹の味が口いっぱいに広がる。


 元姑との地獄のような日々は、決して無駄ではなかった。

 あそこで私は壊れかけ、そして再構築された。


 理不尽には理不尽を返すのではなく、「制度」と「知性」で絡め取り、二度と立ち上がれないようにする術を学んだ。


 痛みを知る人間は、強くなれる。

 そして、守るべき場所がある人間は、もっと強くなれる。


「ねえ、綾。これからどうするの? 仕事とか……」


「そうねえ」


 私は空を見上げた。

 どこまでも高く、青い空。


「ここの生活も落ち着いたし、そろそろ新しい仕事を探そうかなって思ってる。弁護士の先生に『君、パラリーガルに向いてるよ』って誘われてるし、それも面白そうかなって」


「あら、それはいいわねえ。綾には合ってるかもしれないわ」


 母がコロコロと笑う。

 私もつられて笑った。


 もしまた、誰かが私の平穏を脅かそうとするなら。

 あるいは、理不尽な暴力や悪意で、私の大切な人を傷つけようとするなら。


 その時はまた、ニッコリと笑って名刺を渡してあげよう。

 

 ――『戦争(ケンカ)の時間ですよ』と。


「さ、お茶のお代わり入れようか」


「ありがとう、お母さん」


 戦う出戻り令嬢の、仁義なき戦い。これにて閉幕。

 私の第二の人生は、まだ始まったばかりだ。


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

出戻り令嬢の論理的復讐 ~「ここは私有地です」と警告したら「ケチくさい」と逆ギレされたので、法と知能で完全論破して、ついでに実家の負動産も買い取らせてやりました~ 品川太朗 @sinagawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ