第4話「バリケード封鎖作戦」



 作戦決行の朝。天気は快晴。絶好の「工事日和」だ。


 八時五十分。

 いつものようにシルバーの軽ワゴンが現れ、我が家の敷地に滑り込んだ。


 女は車を降りると、私たちが家の中にいると思っているのか、窓の方を一瞥してから、鼻歌まじりにスーパーへと出勤していった。


「……よし。状況開始」


 女の姿が見えなくなってから十秒後。私は軍手をはめ、玄関を出た。

 手には大型のハンマー。母にも協力してもらい、資材を運び込む。


 狙うのは、車の前後左右、四箇所。


 私は砂利の地面に金属製の杭を突き立て、ハンマーを振り下ろした。


 カーン、カーン、カーン。


 乾いた金属音が住宅街に響く。

 元姑に強いられた庭の手入れに比べれば、杭打ちなんて軽い運動だ。


 私は無心で杭を打ち込み、そこに黄色と黒の「トラ柄ロープ」を幾重にも巻きつけた。

 さらに念を入れるため、ホームセンターで買ってきた鉄製のチェーンも通し、頑丈な南京錠でロックする。


 作業時間、わずか三十分。

 そこには、シュルレアリスムの芸術作品のような光景が完成していた。


 雑草の中にポツンと停められた軽ワゴン。その周囲を、杭とロープと鎖が完全包囲している。

 車に傷は一切つけていない。けれど、車を出すためには、空を飛ぶか、地中を潜るしかない。


「完璧ね」


 私は額の汗を拭い、仕上げに『私有地につき立入禁止』の看板を、一番目立つ位置にぶら下げた。


 ◇


 午後五時過ぎ。

 パートを終えた女が戻ってきた。


「疲れたぁ……って、は?」


 女の足が止まる。

 買い物袋を提げたまま、口をポカンと開け、目の前の光景を凝視している。

 自分の車が、黄色と黒のロープでぐるぐる巻きに「封印」されているのだから、無理もない。


「な、な、何これ!? ちょっと、何なのよこれ!!」


 女の絶叫が響き渡る。

 私は待っていましたとばかりに、縁側からサンダルを履いて庭に出た。


「お疲れ様です。何か不都合でも?」


「不都合ってレベルじゃないでしょ! 何これ! 車出せないじゃない!」


「ええ、出せないでしょうね。うちの土地に杭と柵を設置しましたから」


 私が涼しい顔で答えると、女は顔を真っ赤にして金切り声を上げた。


「ふざけんじゃないわよ! これ犯罪よ、犯罪! 監禁よ! 今すぐ警察呼ぶからね!」


 女は震える手でスマホを取り出し、110番通報した。

 結構。警察が来るのは想定内だ。


 十分後、パトカーが到着し、二人の警察官が駆けつけてきた。一人は昨日、母の訴えを「民事不介入」で却下した若い巡査だった。


「な、なんですかこれは……」


「お巡りさん! 見てくださいよこれ! この女が嫌がらせで、私の車を出せなくしたんです! 逮捕してください!」


 女の剣幕に押され、巡査が私に向き直る。


「小鳥遊さん……これはちょっと、やりすぎじゃないですか? 相手の方が車を出せなくて困っています。すぐに撤去してください」


 警察官の言葉に、女は「ほら見ろ」と勝ち誇った顔をする。

 だが、私は一歩も引かず、巡査の目を真っ直ぐに見つめ返した。


「お断りします」


「は?」


「昨日、あなたはおっしゃいましたよね。『私有地内のトラブルには警察は介入できない』『民事不介入だ』と」


 私は自分の打った杭をポンと叩いた。


「これは私の土地に、私が設置した柵です。私の所有物です。それを撤去しろと警察が命じる法的根拠は何ですか?」


「いや、しかし、相手の車が出られない状態で……」


「相手の車がどうなろうと知ったことではありません。ここは私の土地です。勝手に入り込んだのはあちらです。もしこの柵を強制的に撤去させるなら、それは警察による『民事介入』になりますよ?」


「うっ……」


 巡査が言葉に詰まる。

 「民事不介入」という盾は、警察を守る盾であると同時に、彼らの手足を縛る鎖でもある。

 私が車に触れていない以上、これは器物損壊ではない。ただの「土地の囲い込み」だ。


「で、でもぉ! これじゃあ家に帰れないじゃない! どうすんのよ!」


 女が泣きわめく。

 私は懐から、昨日作った名刺を一枚取り出し、女に差し出した。


「車を出したいなら、話し合いましょう。連絡先はここです」


「ふ、ふざけるな! 今すぐ壊せ!」


「壊す? もし私の柵を勝手に壊したら、それこそ『器物損壊罪』で、今度こそ警察の方に現行犯逮捕していただきますからね」


 私は巡査に視線を送る。

 巡査はバツが悪そうに視線を逸らし、「……まあ、器物損壊になれば、動かざるを得ませんが……」と小声で認めた。


 詰みだ。

 女は呆然と立ち尽くすしかない。

 車は目の前にあるのに、乗って帰ることはできない。壊せば逮捕される。


「いつでも連絡待っていますよ。……誠意ある対応ができるようになったら、ね」


 私は女の手に無理やり名刺を握らせると、踵を返した。

 背後で「キーッ!!」という理不尽な叫び声が聞こえたが、それは心地よい勝利のファンファーレにしか聞こえなかった。


 さあ、これで第一段階終了。

 次は向こうから「地獄」に飛び込んでくる番だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る