私はあの子のIF

祭煙禍 薬

私はあの子のIF

 あの子はいつも一人でした。そして一人になるとすみっこに行き、うずくまって静かに泣きじゃくりました。     

 泣いている声が聞こえないのか、それとも知らんぷりをしているのか。誰もあの子に手を差し述べませんでした。


 あの子は私の大切な友達でした。


 でも、私はあの子に手を差し伸べることが出来ませんでした。私の手はあの子に触れることなく、すり抜けてしまうからです。あの子の頭を撫でることも、その涙をぬぐってあげることも、私には出来ませんでした。

 私が出来たのは、あの子とおしゃべりすることだけでした。


 泣き虫なあの子が泣きじゃくるたび、〈大丈夫、一人じゃないわ、私がいるもの〉と、あの子に言いました。

 ぬいぐるみのうさちゃんと、少し子供っぽいですがいないいないばあしたり、変顔をすることもありました。


 そうしてようやくあの子が泣き止むと、私達は一緒になって遊びました。つみきだったり、おしゃべりだったり、絵本を読んであげたり、お絵描きだったり、色々な遊びをしました。


 私達が特に好きだった遊びは、夢の中での冒険です。おとぎ話の世界を、私達は冒険しました。

 冒険者になってドラゴンを倒したり、海賊になってお宝を探しに行ったり。

 魔法使いになって空を飛んだり、勇者になったあの子が、私を救い出してくれることもありました。 

 あの子と手を繋いで私は、楽しくて面白い冒険をいっぱいしました。

 私達はなんにだってなれたのです。


 私達は毎日一緒に遊びました。私とあの子は一緒に大きくなっていきました。

 泣き虫だったあの子も、泣くことが段々と無くなっていって、あの子が泣き虫だったことをみんなが忘れる頃、あの子の手は出会った時よりも一回り大きくなっていました。

 すっかり仲良くなったあの子と遊び、過ごす日々はとても楽しくて、この幸せがずっと続けばいいのにと、私は思いました。でも、この幸せは長くは続きませんでした。


 あの子は段々と、私と遊ばなくなっていきました。

 あの子に友達が出来て、一人ぼっちではなくなったのです。それは私にとって嬉しいことでしたが、ちょっとだけ寂しいことでした。あの子ではなく、私が一人ぼっちになることが増えたからです。それでも、私があの子と遊ぶ時間はやっぱり楽しいものでした。


 ある日、あの子の雰囲気がいつもと違ったので、もうここには来ないんだなと分かりました。

 だから私は、笑顔で手を振りながらお別れしました。あの子も軽く笑って、手を振り返してくれました。


 それから、あの子が帰ってくることはありませんでした。私が部屋の中、一人で過ごす日が続きました。

 私は積み木をしたり、絵本を読んだりあの子の絵を描いたりしました。私にはうさちゃんが居たので、あの子と違って泣くほどには寂しくありませんでした。




 時計が何回まわったかも分からない長い時間が経って、久しぶりにあの子が私の部屋を訪れました。

 あの子は別人みたいでした。あの子の体は私よりずっと大きくなっていて、あの子の手と比べると、私の手はお人形みたいでした。

 あの子は賢そうで、かっこよくて、本当の勇者みたいでした。それなのに、あの子の目はキラキラしていなくて、まるでアニメの中で見たゾンビみたいでした。


 あの子は、私を見ると、崩れてうずくまって、泣いてしまいました。


 私はあの子に、〈大丈夫、一人じゃないわ、私がいるもの〉と言いました。

 それでも、あの子の顔は下を向いたままで泣いていました。あの子は今も、泣き虫のままでした。

 だから私は手を、あの子に向かって伸ばしました。

 私の手は、あの子に触れられないと知っていました。触れられないかもしれませんでした。

 それでも私は、あの子の頭を撫で、涙をぬぐおうとしました。

 あの子に私の手が触れられていたのかは分かりませんでした。ですが、しばらくそうしていると、あの子は泣き止み、顔を上げてくれました。

 私はあの子に何があったのかを聞きました。

 あの子は泣きはらした目で説明をしてくれましたが、私には難しくて、あんまりよく分かりませんでした。

 だから、私は〈大丈夫、何とかなるわ。大丈夫、貴方ならできるもの〉そう言い続けました。

 あの子の話を聞き終えた時、楽しい時間はずっとは続かない事を空が教えていました。


 そうして最後に私達はまた、大きな夢の世界を冒険しました。あの子と冒険するのはやっぱり楽しくって、私の大切な思い出になりました。

 やがて、冒険が終わるとお別れの時がやってきました。

 

 私は、また笑顔で手を振りながらあの子にバイバイしました。あの子もまたやっぱり、軽く笑って、手を振り返してくれました。そうしてあの子は、この部屋を出て行ってしまいました。

 +++++




 いつだったかの夢は、現実に埋もれてしまった。


 明日は、久しぶりの休日だった。何もかもが辛くて、投げ出したかった。

 泣こうにも、涙を見せられる人も、機会もなかった。

 どうしようも無いことを責められたり、責任が重くのしかかってきたり、やりたいことの時間は減っていったり、大人になってからそんな事ばっかりだった。 明確につらいことは何か、と聞かれると答えられないけど、ずっと辛い。そんな日々だった。


 検索エンジンで自殺方法を検索すると、相談フォームが最初に出てきた。ただ、見ず知らずの誰かに、迷惑をかける気にはならなかった。


 なるべく人に迷惑を掛けずに、死のう。そんなことを思っていた。

 親が祖父母が死んだとき遺品の処分が大変だとぼやいていたから、もう日をまたいだというのに生前整理をしていた。明後日には車をレンタルして、有名な自殺スポットに車を走らせるから、あまり時間の余裕はなかった。

 必死で整理をしたおかげで、いつも使っている物の整理は殆ど終わっている。残っているのは、邪魔になるからと実家から渡された子供の頃の物達だった。


 もう使わないアニメキャラのおもちゃも、小学校の卒業証書も、壊れたゲーム機も、あれも、それも、どれもゴミ袋に入れた。

 覚えていないなら、使わないなら、もういらないものだと思った。

 もう全部捨ててしまっていいだろうと思い始めた頃、とても懐かしいものを見つけてしまった。それは、自由帳だった。僕は思わず、それをパラパラとめくった。

 どれも、幼く下手くそな絵だった。だけど、そこには拙い僕らだけの世界地図があった。幼い頃彼女と冒険した世界がそこにはあった。


 彼女は、変わり果てた今の僕を見たら何と言うんだろうか?

 

 そんなことを少し考えて、僕は思わず最後まで見てしまった自由帳を机の上に置いて、生前整理を続けた。幸運なことにそれはぎりぎり、朝が来る前に終わったから今日は寝ることにした。





 その日の夜、不思議な夢を見た。

 目の前に子供部屋のような扉がある夢だ。

 扉を開けると、淡い金髪と水色の髪を持つ少女が居た。彼女だ。彼女は、いつか子供の頃見たままの姿だった。

 僕はそれを見て、何か心の中の堰が切られたかのように崩れて泣いてしまった。


〈大丈夫、一人じゃないわ、私がいるもの〉僕が泣いてるのをみて彼女はそう言った。

 昔に戻ったようなとても温かい言葉だった。その言葉を聞いて、僕はさらに泣いてしまった。


 泣き止まなかった僕を心配してか、彼女は僕の頭を撫で、涙をぬぐおうとしてくれていた。

 それでまた泣いてしまった。


 しばらく経って冷静になり、顔をあげると、彼女が手を差し伸べていた。

 彼女の手は、僕の手よりもずっと小さい子供の手だった。でもそれでいて、何よりも頼もしい温かい手だった。そのあと、彼女は僕の話を聞いてくれた。


 彼女は時々僕の言っていることが難しかったのか、首を傾げたりすることもあったけど、一生懸命聞いてくれて、一緒に問題に立ち向かおうとしたり、励ましてくれた。


 僕が彼女に一通り話し終えた時、窓から見る空の青が薄くなっていて、目覚めが近づいている事を知らせていた。


 そして最後に、僕たちは夢の中でいつだったかにした懐かしい冒険をした。それは傍から見ればくだらないものだったけど僕にとってはとても楽しい冒険だった。


 冒険が終わる頃、空は茜色に染まっていた。お別れの時間だった。

 彼女がいつだったかと同じように、笑顔で手を振りながらお別れをしてくれた。

 手を振りながら〈私はずっと、ここに居るから、遊びに来てね〉という彼女は僕よりもずいぶんと大人びて見えた。



 時計を見ると午前十一時を回っていた。

 僕は何故だかもう、死ぬ気にはなれなかった。

 何かが変わったわけでもないけれど、どうしてだかまだ生きていける気がしたからだ。それにもし、また辛くなっても大丈夫な気がした。


 彼女はきっとずっと見守ってくれて、いざという時にはきっと手を差し伸べてくれるから。

 だから、その時までどうか、おやすみ、僕のIFイマジナリーフレンド


 +++++



 私はまたこの部屋の中、一人で過ごします。この部屋を出ようとは思いません。

 あの子は私の大切な友達です。泣き虫なあの子を一人にするわけにはいかないからです。

 だから今日も私は、うさちゃんと一緒に遊びながら一日を過ごすのです。

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