恋愛に消極的な僕がうっかり陰キャなイモ女の前で「月が綺麗だな」と言っちゃって青春ラブコメが始まりそうな件。

花房 なごむ

第1話 独り言は呟くな!!

 正瞬高校に入学し、人から逃げるようにして入部した天文部で読書をするだけの何事もない半年が経った。


「……さむっ」

「……そろそろ、帰る?」

「そうだな」


 同じ部員の黒川灯理くろかわ ともりとは同じ学年で同じクラスだが、べつに仲良くはない。

 僕と同じ理由で人気の無さそうな天文部に入部した日陰者同士。それだけの仲である。


 地味で黒縁メガネの陰キャ、貧相で可愛げがない女の子。

 最初は同じ時期に入部してしまったことを少し後悔したが、お互いに距離を離しておきたいタイプだから、最近は逆に心地いい良き隣人みたいな感覚。


 基本的に話すことは事務的な会話だけ。

 プライベートも互いに知らないし、興味を持つこともない。

 令和のこのご時世、恋愛はリスクだ。

 高校生活に美少女は必要ない。

 平和で平穏が1番だ。


「鍵持ってくから、先帰ってていいよ。黒川」

「あっ……。ありがと」


 鍵を閉めるという無駄なタスクも、僕にとっては助かるタスクである。

 鍵を返しに職員室まで行くのは面倒だが、それで帰るタイミングをズラすことができる。

 なんのイベントも発生しない良きタスクと言える。

 僕と黒川しか部員がいない天文部では、なおのこといい。


「てかもう結構暗いな」

「そうだね」


 天文部の部室は夕焼けが差さない間取りになっていて、おかげで日が暮れるのが少しだけ早く感じる。

 おまけに季節はすっかり秋である。


 そして僕は思わず、部室の窓越しの月を見て呟いてしまった。


「今日は月が綺麗だな」

「…………えッ?! …………」

「…………あっ、いや、べつにその?! そういう意味とかじゃないぞ?!」


 顔を真っ赤にして口元があわあわしている黒川。

 長い黒髪から覗く耳も赤く染まっている。

 ついうっかり口にしてしまっただけとはいえ、こんな恥ずかしいことを言ってしまったことに後悔した。


 いやあのほんとに違うんですよ。

 ほんとにただの感想だっただけなんですってほんとに。


「わ、わかってるし?!」

「そ、そうだよな?! 告白とかじゃないぞマジで!」

「べ、べつにわたしは恋愛とか……興味ないし」


 おい、なにモジモジしてるんだよ?

 上目遣いでチラチラ見るな! ちょっと可愛く見えるじゃんか!


 ああちくしょう、なんか僕まで恥ずかしくてテンパってきた。

 誰か僕を殺してくれ……。


 黒川もめちゃくちゃ動揺して目を泳がせてるし、僕は僕でテンパってどう対処していいかわからない。

 お互いに恋愛弱者だからか、気まずくなった空気を取り繕えない。


「わ、わた、わたし帰っ––?!」

「ちょッ?! ぐはっ!!」


 部室から出ていこうとした黒川が椅子に足をぶつけてバランスを崩した。

 そしてあろうことか黒川は僕の服を慌てて掴んだが、僕も僕で動揺していて受け止めきれずにふたりとも転けた。


「痛ったい……」

「痛てて……ッ?!」


 見事に押し倒されて頭とか腰とか色々打ってしまった。

 一応これでも黒川の体を支えようとしてしまって受け身を全く取れていなかったのもある。

 でも倒れる一瞬、女の子の香りがしたのは覚えてますはい。ふわってした。ふわって。


「ちょッ?! ど、どこ触ってるの?!」

「どこって…………あっ」


 女の子ってやわらかいんだなぁって、思ってたら黒川の胸だった。

 制服越しでもそれがなんとなくわかって、そしてこの事実が遅れて事の重大さを理解した。


「変態! えっち! あと変態っ!!」

「ごめんってば?! てかどいてくれ!」


 この状況で乙女な顔するんじゃないよ!

 困るでしょ?!


 ふたりしてあわあわしながらも黒川がどうにか立ち上がってそわそわしている。

 目を泳がせながら髪の毛を撫でたりしてて、それを見て僕もまたテンパった。


「と、とにかく! わたし帰る!」

「お、おう。そうだな。か、鍵閉めとくから先行けよ、うん」


 鞄を持って入口の前に立って止まった黒川が振り返った。

 え? 今度はなに?! って思いつつも恥ずかしそうにしながら黒川は口を開いた。


「か、勘違いしないでよ?! こ、これはただのじ、事故だからっ!!」

「そ、そうだな。事故だ、うん……」


 そうして部室を出て走り去っていった黒川。

 黒川がいなくなったのを実感し、そして僕は思い出していた。


「黒川って、思ってたよりあるんだな……」


 真っ平らだと思ってた。なんかごめん。

 そしてありがとう。

 まだテンパってるけども。



 そうして家に帰って、今日のことをなんとなく思い返してみた。

 恋愛とかラブコメとか、そういうことから目を逸らしてきたこれまでの学生生活。

 自分には全く縁の無い話だと思ってた。


「今まで意識してなかったけど、黒川ってもしかして意外に可愛い? のでは? ……」


 お互いにあんな恥ずかしい思いをした状況になるのなんて初めてだった。

 いわゆるラッキースケベなんて、アニメと漫画みたいな創作でしかないって思って期待したことなんてなかった。


 なんならラッキースケベなんて概念は宇宙人とか都市伝説とかスピリチュアルと同じくらい有り得ない概念だとすら思ってたまである。


 だけど今日、そんな不思議体験をしてしまった。

 より正確に言えば、女の子のおっぱいのやわらかさの一端を知ったというか。

 制服とかの布越しとはいえ、それでもやはり男にはないものが、そこにはあったのである。


「どうしよう……明日僕は、どんな顔したらいいんだろうか?」


 そうしてその日の夜は悶々としてあまり眠れなかった。

 でもどうせ明日になったら何事もなかったかのようになってるだろう。どうせ。

 そう思ってしまう自分もいた。


 恋愛なんて。そう思ってしまっているから。

 だからどうせ、なにもない。そう思うことにした。

 だって恋愛はこわいから。リスクだから。


 なら、このままなにもなかったことになった方が、安心だし安全だ。黒川だってきっとそう思ってるはずだ。



 だが翌日。


「……」

「…………」


 放課後、部室に行こうか迷ったが、行かなかったら気にしてるみたいになっちゃう気がして結局来た。

 もう黒川は部室で読書していて、一瞬僕をチラッと見てまた読書に戻った。


 昨日のことは何も話すな。そう言われている気がした。というかそう思うことにした。

 それがお互いにとって良いことなはずだ。


 だけど黒川を見るとどうしても昨日の胸の感触を思い出してしまった。


「い、今、わたしの胸チラ見したでしょ?!」

「……いや、見てない、です」

「変態っ?! おっぱい星人!!」

「……すみませんでした」


 お父さんが言っていた。

 女性と口喧嘩になったらとりあえず謝っとけばいいと。

 この手の話はだいたい男が悪いので諦めようと言っていた。

 そしてそれは正しい気がした。


「わ、わたしなんかの胸で興奮するとか、飢えすぎだしッ!」

「いや、まあ……うん。すみませんでした」

「忘れてよね?! 絶対っ!!」


 昨日みたいにまた顔を赤くしている黒川がテンパりつつ喚いているのを見て、やっぱちょっと可愛いなって思ってしまう。


「……ほ、ほんとは、責任取ってほしいくらいだけど……」


 そう言ってモジモジしつつチラチラと何度もこちらを見たり見なかったりする黒川に対して、僕はどうしていいかわからなかった。

 そしてこの日はもう、黒川となにも話せなかった。というかどう話していいかわからなかった。


 ……明日からほんとにどうしよう?!

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