第2話 拒絶




 


レオンハルトは宣言通り、セシリアに一切関わることはなかった。



それは、セシリアも同じだった。



レオンハルトだけではなく、他の使用人たちも屋敷の中でもまったく会うことがなかった。


その為、たまに思い出したかのように『冷遇されている哀れな人』として、笑い話のネタにされることはあるが、その時以外は忘れ、明らかに不審な点があるにも拘わらず、誰もそのことに気付くことはなかった。


 


レオンハルトの頭の中からは、セシリアの影はすっかり消え去り、今までと変わらない日常を過ごしていた。


 

そして、それはトレヴァント辺境伯に住む領民も同じだった。




しかし、そんな時に辺境伯家の騎士たちから、大型の魔獣が複数確認されたという報告があった。



現れた魔獣の詳細を聞くと、狼に似ているが虎よりも大型であるタイガーウルフ、そして、鋭い爪を持ち、素早いスピードで空を飛び回るグリフォン、合わせて数匹らしい。

 


1~2匹程度であれば、レオンハルトと辺境伯騎士団だけでもどうにかなるが、さすがにそれ以上となると難しい。



どうするか…と考えていたところへ、ふとユーリが思い出したかのように話し始めた。




「奥様に協力してもらうのはどうです~?」



「…なぜだ」



「確か~、陛下からもらった釣書の中に~全属性魔法の使い手って書いていた気が…」




送られてきた釣書は一応、レオンハルトも確認していた為、確かにそう書かれていたことを思い出した。




「…仕方がない、彼女を呼んできてくれ」






⸺⸺⸺




 

しばらくすると、ハンスに先導されたセシリアがノインを伴い、執務室にやって来た。


 


「お久しゅう存じます。辺境伯閣下」




相変わらず、美しいカーテシーを披露しながら挨拶の言葉を述べた。




「…ああ、久しぶりだな。元気そうでなによりだ」




レオンハルトのセリフにピクリと反応すると、セシリアは体勢を戻し、翡翠色の瞳で冷たい視線を向け「…ご用件は?」と一言問いかけた。




「…大型の魔獣が複数現れた。領民に被害が出る前に討伐しなければならないだろう…君は全属性魔法が使えるはずだ。討伐に参加してくれ」




セシリアの冷たい視線に少し戸惑ったが、とりあえず討伐に参加して欲しいことを伝えた。




「お断りしますわ」



「なっ!!なぜだ!?領民にも被害が出るかもしれないんだぞ!?」




セシリアが拒否した瞬間、レオンハルトたちは断られるとは思わず、驚き動揺した。


 


「なぜ?それは私がお聞きしたいですわ。なぜ、名ばかりの妻であり、辺境伯夫人と認められていない私がやらなければなりませんの?」


 


レオンハルトたちの様子を無表情のまま見つめ、セシリアは淡々と告げた。



その言いぐさに、レオンハルトは顔を険しくさせ、怒りの色を隠さなかった。


ユーリも表情が歪んでおり、どこかピリピリとした雰囲気を醸し出している。




「…お前は、自分さえ良ければ、他人などどうでもいいと言うのか?」

 


「話をすげ替えないでください。普段、妻としても辺境伯夫人としてもに、なぜ有事だからと手を貸さねばならないのか?と聞いておりますの。ご理解頂けまして?」




先ほどよりも、直接的な言葉が執務室の中にいる者たちの胸に刺さったが、今はとにかく承諾してもらわねばならない。




「…分かった、今回の討伐が終わったら、君を辺境伯夫人として尊重する。それならいいだろう」




レオンハルトの言動に、セシリアは溜め息を一つ吐いた後「もう、結構です、貴方と話すことはありませんわ」と、それ以上の発言を許さないと言うかのように鋭い視線をその場にいる者に向け、そのまま執務室を出て行ってしまった。




「くそっ!!下手に出たのに付け上がるとは!!」



「…旦那様、奥様のおっしゃっていることは正論ですよ」




レオンハルトとユーリが抑えきれない怒りを滲ませていると、ハンスはセシリアの肩を持つ発言をした。




「…どういう意味だ」



「旦那様、結婚されて半年間、一度でも奥様と顔を合わせましたか?一度でも奥様のことを思いだされましたか?」




そう言われてしまえば、何となく胸が痛むが、セシリアも望んだことである。




「よろしいですか?奥様からすれば、王命でここまで来たとき、まるで敵陣に来たような気分だったでしょう。当然です、己の執事を除けば、夫であるはずの旦那様を始め、誰一人として味方はいないのですから」




ハンスは目を閉じながら、ゆっくりと諭すように話す。




「夫にも、使用人にも、そして会ったこともない領民にも拒絶された奥様が、こちらを拒絶したとしても何もおかしくありません。最初にお会いしたときに『自分を嫌いな人に好意を持つ特殊な嗜好はない』と申されていたはずです。」




それを聞き、初めて会った時のセシリアを思い出す。


レオンハルトの拒絶を淡々と受け入れ、自らも拒絶の意思を示していた。



生まれ育った王都を離れ、こんな遠くまで来たのにもかかわらず、自分よりも7歳も年下の令嬢に、あまりにも冷徹で大人気ない対応だったと胸が少し痛んだ。




「…俺は間違っていたのか…」



「ですから、私は旦那様にお聞きしました。と…」




ハンスは元々、亡き父である前辺境伯の側近だった男である。



冷静に物事を見て判断できる為に、レオンハルトの教育係もしていた頃があった。



先ほどまで閉じていた目を開き、静かに真っ直ぐとレオンハルトを見る目は、何か間違いを犯したときの幼いレオンハルトを黙って見ていた、あの頃のハンスと同じだった。





どうにかしたくとも、魔獣討伐はすぐにでもやらなければいけない。



今更、どうすることもできないという事実がレオンハルトの心に重くのしかかった。






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