なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル

第1話 王命婚




 


「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」



 

美しすぎるカーテシーを披露すると、まるで銀糸のように輝くプラチナブロンドの髪が肩から一筋、さらりと流れ落ちた。


 


セシリア・アシュフォード公爵令嬢——




彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。


そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。


 


「…レオンハルト・トレヴァントだ」


 


非道にも己の実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の異性との不適切な関係を理由に、王太子妃として不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約者である王太子に婚約破棄を宣告された。


更にその場で、その妹が新たな婚約者として指名されたのだった。



彼女は、特に異論を唱えることもなく粛々と受け入れた。



しかし、姉に長年虐げられてきた妹は、姉が王都にいると復讐されるかもしれないと怯え、王太子に泣きつくが、王太子妃教育を修めたセシリアを他国に出すわけにはいかない。



そこで、王都から離れたトレヴァント辺境伯との婚姻を国王より命じられたのだった。



トレヴァント辺境伯であるレオンハルトは、7歳年下の王太子と従兄弟同士であり、王命と共に届いた手紙には謝罪の言葉と『もし、他に結婚したい相手がいる場合は一年経った後、離縁しても構わない』と記されていた。



特に結婚したい相手などいないが、この辺境まで噂が届くほどの悪女を妻にするなど、まっぴらごめんだ。



 

「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」


 


拒絶の意を隠さずに告げると、彼女はカーテシーを止め、ゆっくりと顔を上げた。




「さようですか。でしたら、すぐにでも離縁なされば?」



「…何?」


 


王命の為、彼女と共に王都から来た事務官に婚姻届へのサインを書かされたことで、すでに結婚は成立していた。

 

これで、すぐに離縁となれば王命に逆らうことになるだろう。


 


「王命なのだ。そんなことができないことくらい分かっているだろう」



「そうですの?てっきり、王太子殿下から離縁の許可が下りているかと思っておりましたわ」


 


無表情だった彼女の片方の口角がかすかに上がり、嘲笑うかのように言った。



しかし、翡翠色の瞳には感情がまったく見えなかった。


 


「…そんなことはない」



「さようですか。自分のことを嫌っている人に好意を持つなど特殊な嗜好はございませんので、どうぞお好きになさいませ。ああ、ただ一つだけ。専属執事がおりますので、侍女は必要ありません」



 

彼女はそう言い捨てると、公爵家から連れて来た執事を伴い、執務室を出て行った。



彼女が去った後、レオンハルトは一つ溜息をついた。


 


「……よろしいのですか?」


 


振り返ると、斜め後ろに控えていた家令のハンスが渋い顔をしている。



 

「何のことだ?」



「だーかーらー、主が奥様?いや、さっき主が辺境伯夫人として扱わないって言ってたから…アシュフォード公爵令嬢…も違うか…まぁ、とにかく、侍女とかもいらないって言ってたじゃないですかー」



「ユーリの言う通りです。いくら旦那様が認めないとおっしゃっても、事実、奥様はこのトレヴァント辺境伯夫人なのです。王命で結婚した妻を粗末にするなど、国王陛下の顔に泥を塗るようなものではないですか?」


 


ユーリと呼ばれた侍従の言葉にハンスが続けた。



確かに王命で結ばれた婚姻だが、王家やアシュフォード公爵家でも不要な彼女の扱いに困ったため、こちらに送ったのだろう。



辺境は不要人の捨て場ではないが、華やかな王都とは違い、ここには令嬢が好む娯楽はない。


いつ魔物が出るか分からず、時には食料が足りなくなったり、命が失われることもある地だ。



そんな所で、今までちやほやされて優雅に生きてきた令嬢が満足するはずがない。



そのうち、耐えられずに逃げ出すだろう。



 

「本人がいいと言っているのだ、かまわんからほっとけ。しかし、先ほど連れていた黒髪の男が専属執事か?」


 


年は彼女とそう変わらなそうだった。


彼女の後ろに控えていたため、見逃しそうになったが、燕尾服を着ていてもデキるやつだということは分かった。


 


「あー確か、セシリア様が個人で連れて来た執事みたいですよー」



「個人?公爵家の者じゃなかったのか?」



「何でも、彼はセシリア様が個人で雇われ、公爵家の中でも奥様は彼にしか世話をさせなかったそうです」




どうやら、ユーリは「セシリア様」と呼び、ハンスは「奥様」と呼ぶことにしたらしい。


 


「個人でか。つまり、愛人か?」



「…そこまでは…」



 

貴族令嬢が侍女などに世話をさせずに、個人で雇った執事にすべてを任せるなど、滅多にある話ではない。



あるとすれば、それは男女の仲だったということがほとんどだ。


 


「まぁ、いい。好きにさせろ。特に問題を起こさなければ、俺に報告も必要ない」



 

そう言うと、ユーリは軽く「りょうか~い」と返事したが、ハンスは渋い顔のまま無言で頭を下げた。




 

———




 

「…よろしいので?セシリア様」



「何のこと?」



 

辺境伯夫人であるはずのセシリアに与えられた部屋は、屋敷の中で最も端にあり、使用人の部屋でもおかしくないほど狭く、家具も必要最低限しかない。


明らかに掃除などの手が入っておらず、レオンハルトだけではなく、屋敷の使用人たちもセシリアを受け入れていないことは明白だった。



 

「夫婦にもなるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない、というお話です」



 

セシリアの専属執事であるノインは、埃っぽい部屋の中でハンカチで鼻と口を塞ぎ、長らく開けていなかったであろう固くなった窓を無理やり開けて換気をする。


 


「かまわないわ。どうせ、こんな事だろうと思っていたでしょう?色々と準備して来て良かったわね」




ノインと同じようにハンカチで鼻と口を塞ぎ、くぐもった声で答えた。

 

 


「では、すべての関わりを拒絶する、ということでよろしいですか?」



「かまわないわ。むしろ…あちらが認めていないのに、なぜ、私に関係あるの?」

 



うっすらと笑みを浮かべ、翡翠の瞳を細めた。






 


 

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