CASE1-3 【連続自称自殺事件】
緊張か、衝撃か、思わず喉が鳴った。
この死に方が、自殺なんてあり得るのか。
苦しそうな表情を見て、思わず目を逸らした。
警察学校で変死の写真を見たことがあるが、正直、いくら血まみれでも気分は悪くなるがまだ見てられる。
こういう、表情に苦しそうな表情が一番心に答えた。
そう考えていると、浴室の中にいた男性が声をかけてくる。
「来てくれたんですね」
そこでようやく、つなぎを着た男性二人がいたことを認識する。
作業服を着ており、今から死体を引き上げるのだろう。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です。警視庁刑事一課の久住です。こっちが神園」
メガネをつけた真面目そうな男性がそう言う。
七三分けで少しアレンジが加えられており、見た目に気を使う人なのだろう。
神園と呼ばれた顔が整った男性は、浴室の奥にいた。
作業着を見れば、簡易の階級章がついている。
久住は巡査部長、神園が巡査であることが分かった。
「お疲れ様です。引き上げありがとうございます」
「いえ」
「……」
神園は返事をすることなく、迎井を睨みつけるように見つめていた。
鋭い視線に、迎井はわずかに肩を強張らせる。
何か探りを入れているような視線だ。
理由が分からないが、初対面だというのに、好意的な感情を向けられていないことは間違いなかった。
お互い見つめあえば、やがて神園は視線を逸らし、再び老人へと目を向ける。
迎井も言及することはせず、同じように視線を浴槽へ移した。
「……検視官がこちらに来ます。変死体についてはこちらで調査をしますよ」
「ありがとうございます。お湯はずっと炊かれてたんですか?」
「ええ。蛇口を捻ってお湯を出すタイプで、我々が到着した時点でもお湯が足され続けていました。おそらく、12時間以上は経ってるでしょうね。硬直が酷いので」
久住が見えやすいようにか、位置をずらす。
すると、浴槽の中の遺体が、よりはっきりと視界に入った。
露出した皮膚の部分はふやけ、ところどころ白く変色している部分がある。
手先や足は既に皮膚がめくれかけ、全体的に赤みを帯びていた。
湯で煮詰められたかのような、生々しい状態だ。
「引き上げる時に皮膚が剥けないといいですけど」
久住の発言に、迎井は思わず眉を顰めた。
とはいえ、表情に出さないよう意識し、視線を逸らした。
「手伝いましょうか?」
迎井が声をかけると、久住はこちらを見た。
「浴槽が狭いので二人が限界です。ご自身の仕事なさって下さい」
その発言に、白根は大きく頷く。
「了解です。通報者は今誰が対応してるんですか?」
「担当区域の警察署が話を聞いていますね」
「ありがとうございます。じゃあ迎井くん、その持っている機材出して貰っていいかな」
迎井は持参していたジュラルミンケースを開ける。
中には、黒く塗装された機材が収められていた。
見た目は非接触式体温計に似ているが、重量感のある形状はどこか拳銃を思わせる。
「TOXIC探知機だよ。交番に置いてある簡易型より性能がいいんだ。ここに数値が出るんだよね」
白根が指をさしている場所を見れば、液晶に『0』と表示されている。
迎井が知っている簡易型は、反応があれば音が鳴るだけだった。
「これでどこがいちばん反応が強いか見てみようか」
白根は空間に向かってボタンを押せば、ピッと機械音が鳴った。
「4、8、6……」
数値を呟きながら、浴室の隅。脱衣所。廊下へと探知機を向けていく。
浴室から離れるにつれ、数値がじわじわと上昇していった。
白根は一度、電源を切る。
「……TOXICが使われた場所は浴槽じゃないみたいだね」
「え? でも、亡くなった場所はここだろ? 腐敗の仕方も……」
「うん。死亡地点は浴槽で合ってると思うよ。でも、TOXICの発動地点が同じとは限らないんだよね」
「……えっと、どういうことだ?」
迎井が首を傾げると、白根は微笑を浮かべた。
「例えば千里眼のTOXICを持ってる人が、ここで隣の家を覗いたとしよっか。その場合、反応するのはここってことだね」
「隣の家じゃないってことか……つまり、発動地点と使用地点は一緒である必要はない、ってことだな」
「そういう事。素晴らしいね!」
白根は廊下に出て、リビングへと足を進める。
「ここが高いね。……どこかに……あはっ、見つけた」
そういうと、白根は迎井にTOXIC探知機を見せた。
リビングのテーブルを向いている探知機は、『10』の数値を指し示している。
「……あれ、これって」
「気づいた?燃えカスだね。連続自称自殺事件の絶対的な特徴と言えるものでもあるかな。にしても、これしか証拠がないって、中々犯人は手練れだよね……。またクレーム対応かな」
白根がため息をつく。
TOXIC課は警視庁しか存在しない。
そのため、TOXICに関する事件で解決できない場合、TOXIC課が叩かれる傾向にあった。
「あぁ……よくニュースで警察が無能だって叩かれてるな……」
「あはっ、仕方ないよね!市民の幸福の為に働かないといけない警察官が、たった一人の犯人を追い詰められないんだからさ」
「……そうだな」
少し過剰な思想だとは思うが、その通りだ。
「とりあえず、現場は刑事さんに任せよっか。通報者の人に話を聞きにいこう」
「ああ」
そういって白根は現場から出る。
それに続き、二人は車を止めた駐車場へと戻っていった。
「ここが管内の警察署は……御影警察署だな」
「そうだね。運転ありがとう」
「全然いいぞ。これくらいしかできないからな」
迎井はそう話しながら後部座席でTOXIC探知機をジュラルミンケースにしまおうとした。
しかし、思わず手を止めた。
液晶に表示されていた数値が、一瞬だけ揺れた。
——『10』
「……」
心臓が一拍遅れて鳴った。
――どうやら電源が切れていなかったようだ。
そう思いこみながら、迎井はすぐに電源を切り、ジュラルミンケースに入れた。
そして静かに運転席へ乗り込んだのであった。
次の更新予定
TOXIC CASE -連続自称自殺事件- 月城あめ @AmiaS153
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