CASE1-2 【連続自称自殺事件】
出る準備を整え、車に乗り込む。
現場は、ここから三十分ほど離れた場所にあるマンションだ。
迎井は地図アプリを開いてルートを確認し、車を発進させた。
「……それで、事案の内容って?」
「……浴槽の中で、老人が両手両足を縛り付けられたまま、溺死しているっていうのが最初の通報だね。死亡推定時刻は十二時間前くらいみたい」
被害者は鈴木茂なる男性。
両手足は固定され、浮かないようにする為か、鉄製の球体が縄で腹部に括りつけられている。
どこから見ても殺害されたように見えるが、現場はこの事件を「自殺の可能性が高い」と判断していた。
理由は二つある。
一つは、現場から燃えカスが発見されたこと。
もう一つは、TOXICを使われた反応が確認されたことだ。
これが、『連続自称自殺事件』の共通する特徴であった。
「……なるほどな。連続自称自殺事件って、確か一年前くらいから起きてるやつだよな」
「そうだね。最初は、橋にぶら下がった人間が自分で腕を切り落としたケースだよ。監視カメラに、しっかりと犯行現場が映ってたみたいだね。とはいえ、TOXIC反応があったから自殺と断定せずに、事件として立件したんだけど……そのあとも、同じようなおかしな自殺が続いた」
「だから事件名がついたんだな」
「そういうことだね。あはっ、にしてもツイてるんじゃないかな!一発目にこの事件を引くなんてさ」
白根はにっこり笑う。
その発言に、思わず迎井は眉を顰めた。
「ツイてないだろ……起きた以上、腹は括るけどな」
「あはっ、その意気だよ!素晴らしいね」
白根は目を細め、迎井を見る。
なんだか居心地の悪さを感じた。
「にしても、一般職員なのに捜査権があるんだな。警察のシステムとか事務仕事は出来るけど、事件関係は全く関われないはずだろ?」
「TOXIC課だからね。警察官と同じ捜査権を法律で付与されてるんだよ」
「なるほどな……」
「にしても、まさかTOXIC保持者が来るなんて、ボクも驚いたな。中々いないから嬉しいね!」
白根の発言に、迎井は目を逸らす。
迎井自身は警察官だが、TOXICを持っている為、巡査ながら警視庁のTOXIC課へ異動することになった。
エリートと言われる一方で、TOXICは決して好意的にみられるものではない。
覗き魔に千里眼、ストーカーに位置探知。
その人の抑圧している願望や欲求が具現化したもの――それがTOXICだ。
TOXICを持つということは、異常な欲望を抱えている証拠だという共通認識がある。
だからこそ、異動のために警視庁を歩くだけで、ひそひそと噂されていた。
「あ、ここだね」
白根の声に、迎井は思考を引き戻される。
目の前には、大きなマンションがそびえていた。
来客用の駐車場に車を止める。
大きくはないが、新しく建てられたのか、全体的に綺麗な建物だ。
パトカーや捜査用車両の赤色灯が、周囲を強く照らしており、遠目にも事件現場だとわかる。
車から降りると、制服を着た交番の警察官が現場保存をしていた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。場所は305号室かな?」
「はい」
中へ通して貰い、自動音声付きのエレベーターで三階へ移動する。
右に曲がると、立入禁止の規制テープが張られていた。
「TOXIC課です。中、いいかな?」
白根が警察手帳を見せると、テープの前に立っていた警察官は頷いた。
「どうぞ」
「鑑識作業は?」
「終わってます」
「了解。じゃあ入るね」
そう言って、白根は被害者の自室へと入っていった。
殺人事件だというのに、緊張感が一切感じられない白根に、思わず感心した。
一年しか警察をやっていないはずなのに、何故自分より肝が据わっているのだろうか。
少し凹みながら、迎井は白根の後に続いた。
「ここが……」
室内は丁寧に整えられており、モデルルームのようだった。
家具に拘っているのか、白と茶色でまとめられたロココ調の家は落ち着いた気分になる。
ヴィクトリアン柄の壁紙に、壁にいくつか絵画が置かれている。
中々良い値段がしそうな場所だ。
しかし、そんな空間に似つかわしくない、微かな腐臭が漂っている。
浴室で亡くなった場合、湯に浸かっていると腐敗は早まる。
半日もすれば、強烈ではないが、確かに嗅ぐのを拒絶してしまうような、腐った独特の匂いがした。
何処と無く甘い香りが立ち始める。
交番勤務で、変死体が腐った強烈なにおいを嗅いだことがあるため、今回は全然耐えられるラインだ。
とはいえ、いい気分にならない。
「行こうか」
「……ああ」
白根は、廊下の手前から二番目にある扉へと向かっていく。
扉が開いており、中を見ればそこ脱衣所であった。
中に入れば、浴室に繋がる扉が開いている。
迎井は心の準備が整わないまま中を覗いた。
そこには、両手足を縄で縛られ、苦悶の表情を浮かべながら、高齢の男性が水の張られた浴槽に沈んでいた。
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