第4話 第3話:そこじゃない、とは言われていない

 原稿を送ってから、二日が過ぎた。

 前よりも時間をかけたつもりだったし、

 前よりも考えすぎないようにもした。


 説明は削った。

 背景も削った。

 とにかく、前に進めることを優先した。


 自分なりに、

 前回の指摘はちゃんと反映できていると思っていた。


 だから、返信が来るまでの時間は、

 前よりも少しだけ落ち着いていた。


 件名を見た瞬間、

 胸が小さく跳ねる。


 ――原稿について(続)


 続、という文字に、

 なぜか安心してしまう。


 話は、続いている。

 少なくとも、断絶ではない。


 メールを開く。


〈依頼主からのメール〉


  原稿、拝見しました。


  今回は、前回よりも明らかに読みやすくなっています。

  展開のスピード感も出ていて、

  物語として前に進む力を感じました。


  特に印象的だったのは、

  中盤の、作中の勇者が

  自分の行動にふと疑問を覚える一文です。


  あの一文は、とても素晴らしい。


  SNS上には、

  安易に敵を作り、

  分断や対立を煽る言葉が溢れています。


  しかし、作家はそうした濁流に

  抗わなければなりません。


  安直な対立を描くのではなく、

  他者の痛みに想像力を巡らせ、

  多様な立場が共存する世界の尊さを

  提示すること。


  分断を繋ぎ合わせる

  「共感の種」を物語に込めること。


  言葉の力を信じ、

  憎しみではなく連帯を促す作品を

  世に送り出すことこそ、

  現代を生きる創作者の矜持であり、

  果たすべき社会的使命です。


  あなたには、

  それだけの実力があります。


  自信を持って、

  この方向性を突き詰めてください。


  ただし。


  次回は、

  そのテーマを、

  もっと大胆な形で表現してみましょう。


  具体的には、

  作中の勇者が勝利した直後に

  「よくわからないが、勝った気がする!」

  と叫ぶ場面を入れてください。


  その後、

  作中の勇者はスローライフを満喫しますが、

  畑を耕している最中に

  突然飛び出してきたトラクターに轢かれて

  死んでしまいます。


  そして目を覚ますと、

  そこは異世界で、

  作中の勇者は悪役令嬢に転生しています。


  以上を踏まえた

  次回プロットを、

  楽しみにしています。


 ……は?


 俺は、思わず画面から目を離した。

 一度、深呼吸をする。


 もう一度、

 最初から読み直す。


 褒められている。

 かなり、しっかり。


 あの一文が、

 そんなに良かったのか。


 正直、

 どの一文のことを言っているのか、

 はっきりとは思い出せない。


 でも、

 社会的使命だとか、

 共感の種だとか、

 創作者の矜持だとか。


 言っていることは、

 すべて正しい。


 胸の奥が、

 少しだけ温かくなる。


 ――あなたには、それだけの実力があります。


 その一文を、

 もう一度だけ読み返す。


 ……その直後に書かれている内容から、

 できるだけ目を逸らしながら。


 よくわからないが、勝った気がする。

 スローライフ。

 トラクター。

 死。

 異世界。

 悪役令嬢。


 文としては、

 ちゃんと日本語だ。


 単語も、

 一つひとつは理解できる。


 でも、

 つながらない。


 さっきまで語られていた

 共感や連帯と、

 今ここに並んでいる単語が、

 どうしても同じ線上に乗らない。


 俺は椅子に深く座り直した。


 ……落ち着け。


 まだ、

 「そこじゃない」とは

 言われていない。


 むしろ、

 一部は明確に評価されている。


 つまり、

 方向性は合っているはずだ。


 表現が、

 大胆であるべきだと言われているだけだ。


 そうだ。

 これは、

 試されているだけだ。


 俺は自分にそう言い聞かせながら、

 新しいファイルを開いた。


 画面は真っ白で、

 次に何が起きるかは、

 まだ何も書かれていない。


 ただ、

 一つだけはっきりしている。


 話は、

 もう簡単には戻らないところまで

 進んでしまっている。


 そこじゃない、

 とは、

 まだ言われていない。

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ご注文は不条理ですか? ― 考えるな!書けと言われました ― あおがね瑠璃 @aoganeruri

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