第3話

かちん、からん。ティースプーンでカップの中を混ぜる音が響く。

アーテスト公爵家は王の計らいによって一応立場こそまだあるものの、政変によって仕事を失って以降特にやることもなく、形だけの貴族家となっている。そのためかつては山のようにいた使用人も必要がなくなったためほとんどを解雇して、今家にいる人間は、一日中ベッドに寝たまま時を過ごす父親と、その父親の世話をする使用人くらいだ。もちろんたまに来る客なんかもいない。

ただかつての名声が残っているだけで、実際この国では貴族なんかより大きな商家の方がよっぽど金を持っているだろう。


ーーだからこそ、こうして客室を開くのは随分と久しぶりだった。


「んー。これ、そんな美味しくないね。いいとこのお茶じゃないの?」


家の主人が座るための一番大きな椅子に堂々と腰をかけ、偉そうに紅茶を啜るのはレイン。昨日あの出来事が起きたばかりだというのに、……いやだからか、早朝にズカズカと敷地内に押し入り当然かのようにドアを開けようとする彼女には辟易した。どうしてこうなってしまったんだろう、___昨日からずっと思っている。


「……すいません。私、あんまり入れたことないんで。」


セーラがそういうと、彼女はふうん、と興味がなさそうな顔をして、またカップの中をぐるぐると回した。


「……それで、なんの用事ですか?」


彼女はその質問を待っていました、とでも言わんばかりに、にっこり微笑んだ。


「私の可愛いわんちゃんに、初のお仕事をおねがいしようと思って!」


「……仕事?」


「うん。」


そういうと彼女はゆるりと立ち上がり、セーラの横に立った。肩と肩の当たるくらいの近さだ。そうして耳元に顔を寄せてくる。


「城下町への出入りに騎士団が使う、騎士紋章があるよね。」


騎士紋章。騎士団員が襟元につけている、シルバーのバッジだ。あれを見せることで騎士団の人間は城下町やその他の領土を行き来することができる、身分証明書のようなもの。


「あれ、欲しいなあ」 


「…は!?」


そんなことが、できるはずがない。

あれは騎士団の人間が国王直々に授けられるものだ。騎士団なんてよっぽどの能力がないと入ることはできないし、騎士団でもないのに紋章を手に入れることもできない。


「盗めばいいよね?」


勢いよく振り向くと、そこには変わらず聖女のような美しい微笑みをしたレインがいた。


「アーテスト公爵家の一人娘様なら、何かしらの理由をつけて皿に入ることなんて余裕だよ」


「……いっ……、いや、そんなことできるわけないでしょ!大体盗むって、あの紋章の裏には刻印も入ってるし、」


「刻印なんて見るタイミングないよ」


「第一、取るってどうやって?相手は王国騎士団、私じゃどうやっても勝てるわけがない」


「ええ。逆に勝とうとしてたの?すごいねえ……そんなことしなくても奪う方法はあるよ。寝込みを襲うとか〜……あっ、色仕掛けっていうのもあるかな。どう?」


「どう、じゃなくて………」


「まあ、取ってくれるならやり方なんてなんでもいいんだけど。期限は一週間後ね。」


レインはそういうとティーカップの中身全てを飲み干し、そのまま机の上にガンッ、と強くおいてそのまま出ていった。残されたのは空になったカップと、机の上に適当に放置されたティースプーン。そして、命令。

騎士団の団員は、城の近くに本拠地を置いてある。ただし日中は基本的にほとんどの団員が城下町の警備か城の警備に入っていて、確かに騎士団の人間に会うことは簡単だ。

それでも騎士紋章を取るというのは、とんでも無く難しい。大体紋章はみんな服につけているんだから、取るには体に触れるしかないし___寝込みを襲うなんていっても、騎士団員は危険があればすぐに起きる訓練だって積んでいるはずだ。私のような一般人が触ろうとでもしたらすぐに起き上がるだろう。

かといって騎士団でもない自分が国王に紋章をもらえるわけもない。


必死に頭を回しても、どうやればいいのか、どうしたら取れるのか、全く思いつかない。


それでも、もしここで「できない」なんていってしまえば、彼女はきっとこれまでのことを吹聴すふだろう。セーラがレインを殺害しようとしたのは紛れもない、完全なる事実だ。毒を入れたワイングラス、まず毒を仕入れたあの商売人___証拠ならいくらでも出せるだろう。彼女が普通の平民であれば私の言い分の方が通るだろうが、レインはファルス王子の想い人である。ファルスがセーラの言い分の方を聞くとは、悲しいけれど全く思えなかった。

_______ファルス………

彼のことを思い出して、それから、あっ、と声を上げた。


そういえば、第二王子は騎士団長だ。


セーラは部屋に戻り、手紙を書くための一式を棚から取り出した。思ってもいないことがスラスラと思いつき文字になっていくのが、あまりにも恐ろしい。まるで自分がとんでもない悪人なったかのようだ。描き終えた紙を封筒に入れ、封蝋をつけた。

ーーー大丈夫、きっと、うまくいく。

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