Operation 1 最前線、赤いシュバルベ

 ソ連軍は1946年、各国との講和後、すぐに準備をはじめていた。


 主要戦車車両はT34の改良型であるT54であり、すでに量産体制に入っている。千両にも及ぶ最新鋭のT54、大戦中に莫大な数が生産されたT34はいつでも投入できるよう入念に準備がなされた。最新鋭の重戦車IS3も物量にまかせたソ連当局の方針にしたがって量産された。


 これらの戦車は日本の去った中国国共内戦に投入されて着実に成果を上げつつあった。毛沢東は日本から獲得した遺留兵器とソ連軍の支援を受けて、日中戦争で消耗した蒋介石率いる国民党軍を圧倒していた。


 日本や米国が背後にいる満州国は侵略されることだけは免れたが、脆弱な政治指導体制のもと、中国内戦に介入するソ連軍の軍事通行権は認めざるを得ない状態に追い込まれた。極東のさらなる不安定化を懸念する米国は軍事行動は起こさなかったが散々にソ連を非難した。しかし、それでひるむようなスターリンではない。


 一方でソ連軍の航空機は相変わらずだった。さんざんに悩まされ続けたドイツのMe262Zに対して、対抗できるジェット戦闘機を作るべくわずか一年の間に集中的な技術開発が続けられたが、ついにソ連はあきらめた。Me262シリーズ、特にMe262Zには後退翼のような空力特性、ジェットエンジン冷却化の知恵が盛り込まれており、そのことを各国は知らない。


 いまだもってドイツの国家機密であるそれら技術を知らずに製造された同世代の英軍グロスター・ミーティア、米軍のP80シューティングスター、次世代型のF86セイバーに対しMe262はあらゆる性能で上回り、ましてや後発のソ連には到底その進歩に追い付けそうもない。


 ソ連の誇るミコヤン・グレビッチ設計局のMig9、ヤコブレフのYak15はドイツ戦闘機の情報も得られないまま設計・製造が続けられたがついに性能がMe262を上回ることはなかった。


 そして1946秋、ポーランド国境付近に墜落し、自爆もせずに大破したMe262Zの残骸をソ連当局が見つける日がやってきた。この時になって、すでに不時着したMe262の形状を模倣して試作が試みられたスホーイ設計局のSu9にはそれなりの妥当性があったことが見いだされ、ソ連は主力機としてSu9の量産型機、Su13を量産し始めた。


 かくしてソ連の主力戦闘機は、赤い星をつけたMe262そのものとなった。


 1947年6月、ソ連軍は満を持してポーランド国境に攻め込んだ。赤いシュバルベが高いジェット排気音を残してポーランドの高空を侵略しはじめた。


 事態はドイツにも早々に伝えられ、大統領であるアデナウアーは前大統領で軍のトップでもあったデーニッツを呼び出し、秘密裡にベルリン郊外で会談した。しかし、デーニッツの態度はそっけなく、アデナウアーはそでにされた、とそう感じた。彼はある決意をもとに再度デーニッツへの呼びかけをすることにした。


 

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Me262, ドイツ・ジェット戦闘機奮戦す。―― 1947、氷点下の分水嶺 いわのふ @IVANOV

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