朝の特別な時間

於田縫紀

朝の特別な時間

 通学バッグを肩にかけた学生、眠そうな顔の社会人、時間ぎりぎりなのか、改札口まで走り込んできた若者。

 私もそういった人たちに続いて自動改札を抜けた後、人の流れから左に外れ、立ち止まっても邪魔にならない壁際へ。

 スマホを出して時間を確認。朝7時23分、そろそろだ。


 視線を上げて改札の外、東側の入口を探す。

 そう待つこともなく、見慣れた姿が現れた。

 私は間合いを確認しながら、ゆっくりと歩き始める。

 15歩で自動改札を通りぬけた彼の右横について、いつも通り15センチ高い目線へ声をかけた。


「おはよ」


「おはよう」


 拓真はいつも通り眠そうな顔で、それでも挨拶を返してくれる。

 中学時代も朝が弱くて、朝練が無いからという理由だけで運動部を諦めたというくらいだけれど、高校生になった今でも、変わらないようだ。


 拓真は中学時代の同級生だけれど、高校は別。

 それでも高校の最寄り駅は同じだ。

 この駅で合流して、2駅先にある学校の最寄り駅まで一緒に電車に乗っていく。


 これは、私が拓真に頼んだからだ。

 この時間は電車が混んでいるし、どんな人が乗っているかわからなくて不安だからと。


 もちろんこれはただの言い訳で、私のわがまま。

 でも拓真はその言い訳に付き合ってくれて、毎朝、駅でこうして待ち合わせている。


「もうじき1カ月だけれど、学校の方はどう?」


「楽でいいよ。女子ばかりだからってわけじゃなくて、授業中に騒いだりとか、話が通じない生徒がいなくて。学校自体ものんびりした感じだし」


 適当に話しながら歩いて、階段を下りて、ホーム上を前から2両目、3番目の扉のところへ。

 この辺まで来るとホームが空いているから、邪魔者なく2人でいられる。


 本当はここでもゆっくり話したいけれど、電車はすぐにやってくる。

 電車の時間にあわせて来たのだから、仕方ない。

 電車の扉が開いて降りてくる数人を待った後、乗り込む。


 いつも通り席は全部埋まっていて、扉横のスペースもほぼ人がいる。

 つまり、つり革のある場所に立つか、つり革も何もない場所に立つしかない状態。

 私の言い訳その2には、ちょうどいい混み具合だ。


 言い訳その2とは、私の身長が低くてつり革を持つのが辛いこと。

 真下に立って目いっぱい手を伸ばせば届くけれど、それはそれで姿勢として厳しい。

 だから私は安全のためという名目で、こう言うのだ。


「今日も手をつないでいい?」


「はいはい、どうぞ」


 差し出された、私より大きくて少し硬めの手を、まずは右手でぎゅっと握る。

 感じる体温に、ちょっと安心。

 更に左手で、その上からつかんでおく。


 もちろんこうやって手を握ったり掴んだりするのは、電車が揺れたときに危ないからという名目。

 でも本当の理由は、もちろんそうじゃない。


 ここからの時間は、私にとって特別。

 拓真には言っていないし、今後も言えるかどうかはわからないけれど。


「それにしても、今日も眠そうだよね」


「進度が速いし、英語は予習しないと置いていかれそうでさ」


「でも拓真の場合、きっとそれだけじゃないでしょ」


「まあそうだけどさ。昨日話したWeb小説、寝る前に同じ作者の別の完結済みの話を見つけて読みはじめたらさ。気が付いたら3時過ぎだった」


「もともと朝弱いのに、だめだめじゃない。それに何か似たような言い訳を、昨日も聞いた気がするんだけど」


「昨日は4時だったから、1時間早く気づいた」


「どっちにしろ、だめじゃない」


 本当は駄目じゃない。

 拓真の高校なら、本当はあと20分遅い電車でも大丈夫。

 それでも、眠いのに、わざわざ私のために早い電車に間に合うように来てくれているのだ。

 

 勘違いしたくなるくらいにありがたい。

 けれど、だからと言ってそのことを口には出せない。

 口に出したり勘違いかどうか確認したりしたら、今の関係すら崩れてしまいそうで。


 私が出来るのはいつも通りの態度に見せつつ、手を握り締めて拓真とここにいることを確認するくらい。

 電車が遅れなければ、こうしていられるのはあと10分少々。

 あとは明日までおあずけだ。


 明日の朝も、たぶんこうして一緒にいられるだろう。

 けれど、このままずっとそうできるかはわからない。


 拓真の学校はうちと違って共学だ。

 将来性を見込んで特進クラスの生徒を狙う学内女子だっているだろう。

 拓真は、誰にでもわかるイケメンではない。

 でも、ある程度経てば、拓真の良さがわかる女子が出てくる可能性は高い気がする。


 それに高校を卒業したら、今度こそ離れてしまうだろう。

 拓真は県トップ私立の最難関クラスで、私は歴史だけは古いけれど、レベルはそれほどでもない女子高。

 もちろん私も努力はするけれど、同じ大学に行ける可能性は限りなく低い。


 だからこそ私は、拓真の手を、ぎゅっと握り締める。

 この手を、伝わる温もりを独り占めできる時間を、精いっぱい感じるために。

 

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