呼び声

 手は不定期に浮かびあがっては私を招きます。いえ、不定期にというのは正確でないかもしれません。私には時間の感覚がまるでなかったものですから、消えてしまってから決まってすぐに浮かんでくるのかもしれませんし、反対に、決まってひどく長い時間を空けてから次に浮かびあがってきているのかもしれません。そういう定期的であるかもしれない出現が、私には不定期に感ぜられたのでございます。

 それで今度現れた手というのが、よくしゃべったのです。

 ──おきて。

 起きるもなにも、私には肉体の感覚がございません。ですから眠っているだとかそれから覚めるだとかいう感覚がまるでないのです。

 私は答えました。

 ──おきてるよ。

 ──ふふっ。

 ──あなたはだれなのです?

 相手が悲しませてしまったように感じました。自惚れめいたことではなく、そのような気配を感じたのです。

 ──わからないの? わたしがわからない?

 ──どこかで、あったことのあるようなかんじはするのですが、はっきりとおもいだせないのです。

 ──くすっ。

 相手はたしかにそんなふうに笑いましたが、どこかに先ほどまでの悲しさが残っているようでありました。

 ──じゃあ、それでもいいよ。おもいだせないなら、それでもいい。あとでちゃんとおもいだしてよね、きっと?

 ──ええ、きっと。

 ちいさなかわいらしい手がゆっくりと上に下に振られました。

 ──おいで。こっちにきて。さあ、きて。

 私は有り余る意識をそちらに向けました。その手に近づきまして、するとやはり手はふっと離れてしまいます。

 ──どこへいけばいいのですか。

 ──こっちにきてくれればいいよ。ねえ、ちゃんとついてきてくれるでしょう?

 ──ええ、あなたがのぞむのなら、ついてゆきます。

 ──ふふっ。

 私は、この暗い中に存在することによほど倦厭あきていたのかもしれないと思いました。そうでなければ、よっぽど寂しく思っていたのかもしれないと。

 ええ、そうです、不定期に現れる手のそれ自体が、さらにはその手のあげる笑い声が愛しく思てきたのでございます。


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