戻らない

『悪魔』

 書いてはみたけれど、やっぱりちょっと大げさな感じがする。でもほかに表現のしようがない。だいたい誰に見せるわけでもないのだ、私はペンを握り直した。

『悪魔が彼を呼んでいるような気がする。怖くてたまらない。彼がいなくなってしまうのではないか。怖い。毎日神様に祈っている。こんなときばかり頼るなんて罰当たりかもしれない。でも助けてほしい。彼を、』

 彼の名前を書こうとして、手が止まる。彼自身を強く意識して、苦しくなる。ページに書かれた線が、それに沿って自分で書いた字が、見えなくなる。ペットボトルとかびんに水を入れて覗いてるみたいだ。

『返してほしい。奪わないで。彼を連れていかないで。彼をここに帰して。

お願い、帰ってきて。そっちに行っちゃだめ。行かないで、そっちに行かないで 帰ってきて』

 彼はたぶん、ぎりぎりのところにいる。それで、悪魔に手招きされているのだ。彼の不安定な魂はどこか深いところに落ち込んでさ迷っていて、今にでも、私から遠く離れたところへいってしまいそうになっている。

 彼の中に入りたい。そこで悪魔が地獄からおいでと囁いているのなら割って入っていって、彼を連れ戻したい。

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