第2話
次の日僕は、とある神社の境内に来ていた。
人口二万人弱の小さな町の、これまた小さな神社。
誰からも忘れ去られてしまっているというわけではないけれど、年始の初詣以外でこの神社を訪れている人はほとんどいなかった。
寂れているわけではなく
廃れているわけでもない。
ただ誰からも、関心を抱かれていないだけの小さな神社。
その神社のさらに片隅に、ひっそりと佇む小さな祠が今日の僕の目的地だった。
昨日の怪しげな男に渡された紙には、その祠の中に僕の望むものがあると書かれていた。
決して、昨日の男の話しを全て間に受けたわけでも、信用したわけでもない。
それどころか、あんな怪しげな男の言い分など爪の先程も信用していない。
しかし、幸か不幸か今日は土曜日で学校が休みだった。
尚且つ、とくに用事もないとくると、グダグダとあの家で無為に時間を過ごすくらいなら、怪しげな男の狂言に付き合ってみるのも、面白そうだと思っただけだった。
祠の前までやって来た僕は、少し罰当たりではないかとは思いながらも、せっかくここまできたのだからと、祠の扉に手を伸ばした。
決して真新しいわけではないけれど、薄汚れているというわけでもない祠は、いつからここにあるのか分からないが、それでもこの祠に蓄積された年月と時代を感じ取ることができた。
そんな年月が染み込んだ扉が、ゆっくりと、静かに、軋みながら開いていく。
想像していたよりも、綺麗に整頓されていた祠の中には、これまた綺麗に折りたたまれた紙が一枚、そっと置かれていた。
僕はその紙を、両手で丁寧に拾い上げると慎重に開いた。
開かれた紙の内側に書かれていたのは、祠の神秘性とは似つかわしくない、汚い手書きの地図と、その地図のとある一点を指し示す矢印だった。
「なんだこれ」
予想していた斜め上の出来事に、思わず声に出して呟いてしまった。
「なんというか。もっとこう、他にあるだろ!?」
自分の中で勝手に抱いていた幻想が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。
残酷な現実が、僕の身勝手な妄想を打ち砕いていった。
いやそもそも、あの怪しげな男の言葉のどこに期待していたというのだろうか?
期待する要素など一つたりともなかったではないか。
「......とりあえず。行ってみるか」
とりあえず僕は、その真新しい紙の指示通りに歩き出すことにした。
地図の指し示した地点を目指して、町の中をただ歩く。
そういえば、こうやって町を歩くのは四ヶ月ぶりだった。
まだ両親が生きていた頃は、妹と一緒によくこうして町を散歩していたものだ。
それも今では、遠い昔のことのように感じた。
たった四ヶ月前のことなのに、生まれ育った見慣れたはずの町並みは、やはりどこか違う町のように感じてしたい、気持ち悪かった。
神社から歩くこと四十分。
入り組んだ迷路のような路地裏を抜けて、やっと辿り着いた目的地は、関心を持たれていないだとかそんなレベルじゃなかった。
世界から忘れ去られ、時代から取り残されたような。
古めかしく、怪しげな妖気とでも言えばいいのだろうか、とにかくそんな雰囲気を纏った民家だった。
割れた瓦は、ところどころ剥がれ落ちていた。
長年の風雨にさらされ、傷んだカビだらけの外壁、ひび割れて白く霞がかった引き戸。そのどれをとっても、ここに人が住んでいるとは、微塵も考えることはできなかった。
僕はあの男に弄ばれていたのだろうか。
ただただ、何の意味もなく、何の目的もなく、たまたま目に付いた高校生に話しかけて、意味のない紙切れを渡す。
貴重な休日に、徒労とも呼べる散策をさせるためだけのイタズラ。
よく考えたら。
いや、よく考えなくても、あんなわけのわからない男の言うことを聞いて、わざわざ休日に街をうろつくなんてことを普通の人間がするわけがなかった。
だからきっと、僕は普通ではなかったのだろう。
あの日からずっと、普通に過ごしてきたつもりだった。
にも関わらず、こんなことに引っかかってしまうということは、僕にはもう、普通でいることすら特別なことになってしまっていたのだ。
だからこそ、こんなチンケな嘘に騙されてしまう。
そんなチンケな嘘にすら、すがってみたくなってしまう。
「......帰るか」
今日の自分の行動と、紙を受け取ってしまった昨日の自分の行動を戒めながら、元来た道を引き返そうとした。
そんな時ふっと、春風に乗って優しげな音色が耳をかすめた。
その音色はまるで、初めからそこにあったかのように、優しく世界を包み込んでいった。
桜の花びらが散る。
風に舞って地面に落ちる。
そんな当たり前の光景が、やけに視界に焼き付いた。
四月になって、高校に通い始めてから、何度も何度も見てきたはずの光景が、なぜか今この時は新鮮に感じた。
この音は、いったいどこから聞こえてくるのだろうか。
そんな純粋な好奇心が、僕の心を埋め尽くしていく。
聞こえる音に耳を澄ますと、その音は目の前の寂れた民家から流れ出ているようだった。
好奇心の赴くままに、ひび割れ白く霞んだガラス越しに中の様子を伺ってみる。
さっきまで寂れ、廃れ、不気味な雰囲気を醸し出していた廃屋が、今ではなぜか、神聖な社のように見えた。
僕はガタついた扉にそっと手をかけると、ゆっくりと横に滑らした。
扉は思っていたよりもなめらかに滑り、僕を中へと招き入れてくれた。
家の中は、その外見ほどは荒れ果ててはいなかった。
むしろ、年季の入った木材は、アンティーク然とした雰囲気を醸し出していた。
部屋の所々には、一見すると無造作に見えるが、よく見ると丁寧に置かれた小物や家具などが置かれており、この家に人が暮らしていることを静かに語りかけてきていた。
音色はそんな家の奥から響いてきていた。
土間のようになっている場所を抜けて、一歩段差を上り、まっすぐに伸びる廊下を前へと進んだ。
そうして、音色の聞こえる部屋の前までやって来た。
その部屋を閉ざす扉に手をかけたところで、僕は一端手を止めた。
心を満たしていたのは、不安でも期待でもなかった。
言葉で言い表すことのできない感情に、自然と扉にかけた手が震えた。
僕は一度だけ深く息を吐き出すと、扉にかけた手に力を込めた。
扉は、先程の扉とは違い立て付けが悪いのか、僕の侵入を拒むかのように腕にわずかな引っかかりを伝えてきた。
僕はより一層の力を込めて扉を引いた。
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