第7話 絶対限界領域
警告音が鳴り響いている――いや、それはゲイルの脳内で警鐘を鳴らす、生存本能の叫びだった。
暗殺者ミラを撃退した直後。
玉座の間は、サウナのような蒸気と、甘ったるい桃の腐敗臭にも似た濃厚なフェロモンで満たされていた。
「……ハァ、ハァ……! だめだ、収まらない! むしろ活性化している!」
ジュリアンが絶叫する。
彼の左手は、痙攣しながらも女王エルザの左乳房に食らいついていた。
先ほどの回転攻撃による遠心力で、乳房内部の魔力が撹拌され、異常な化学反応を起こしていたのだ。
エルザの胸は、呼吸をするたびに風船のように膨張し、見るも無惨なほどに張り詰めていた。
皮膚が限界まで引き伸ばされ、透き通るような薄さになっている。その下で、太くなった血管がのたうち回り、暴走した魔力が青白い光を放って駆け巡るのが透けて見える。
「あ……ぁ、あつい……! 胸が、焼けるみたいに……ッ!」
エルザが虚ろな目で身をよじる。
彼女が動くたびに、暴力的な質量が、支える二人の腕を襲う。
今の推定重量、片側45キログラム。
しかも、発熱している。表面温度は60度近い。
「ゲイル! 冷却だ! このままではメルトダウンする!」
「分かっている! だが……滑るんだ! 汗の量が異常だ!」
ゲイルは泣きそうな顔で叫んだ。
エルザの全身から噴き出す汗。それはただの水分ではない。魔力が液状化した、とろみのある聖水だ。
ローションよりも粘度が高く、オイルよりも滑る。
ゲイルの右手の中で、右乳が生き物のように暴れる。
握り込もうとすると指の間から逃げ出し、掌底で押し上げようとすると滑って手首の方へ雪崩れ込んでくる。
「くそッ! まるで巨大なナマコを掴んでいるようだ! 掴みどころがない!」
「文句を言うな! 指紋の溝で吸盤を作れ! 毛穴で呼吸しろォ!」
二人の男は、火傷しそうなほど熱い肉塊に、顔を近づけ、肩を入れ、全身全霊で堤防となっていた。
エルザのドレスはすでに汗と膨張に耐えきれず、胸元の縫い目が弾け飛んでいる。
露わになった双丘は、赤みを帯びて怒張し、先端の蕾は、擦れすぎてカチカチに尖り、空気を切り裂くほどの硬度を持っていた。
「ひぁッ……! そこ、強く押さないで……! 先っぽが、痺れてるの……っ!」
エルザが背中を反らす。
その動作で、胸が突き出され、二人の顔面に押し付けられる。
「むぐッ!!」「んんッ!!」
二人の視界が遮断された。
目の前にあるのは、果てしない肉の壁。
鼻が、口が、熱い弾力に埋没する。
息を吸えば、濃厚な雌の匂いと熱気が肺を満たす。
睫毛が肌に触れる距離。いや、眼球が直接皮膚に押し潰されている。
(見える……! 皮膚のキメの一つ一つが……!)
ゲイルは極限状態の中で幻覚を見ていた。
目の前の白い肌の荒野。そこから湧き出る汗の雫が、大河となって流れ落ちていく。
自分の右手は、その大地を支える巨人アトラスだ。
「ゲイル!? 腕が……!」
ジュリアンが察知する。
ゲイルの右腕は限界を超えていた。筋肉断裂寸前。骨にヒビが入っている。
それでも、ゲイルは引かなかった。
もし今、彼が手を離せばどうなるか。
バランスを失った左側の負荷がジュリアンを殺し、地面に激突した双丘が王都を消滅させる。
「は、離さん……ぞ……。これは……俺の……誇りだ……」
ゲイルは歯の間から血を流しながら、ニヤリと笑った。
その右手のひらは、熱で皮膚が焼けただれ、エルザの肌と半分癒着していた。
痛覚はもうない。あるのは、愛おしいほどの重みだけ。
「ゲイル……あんた、最高にイカした馬鹿だよ」
ジュリアンも覚悟を決める。
「いいだろう、心中だ。僕の左手の神経線維も、もう焼き切れる寸前だ。最後まで付き合うぜ、このわがままボディに!」
二人は、壊れかけた腕で、さらに強く、深く、女王の胸を抱きしめた。
肉に指が食い込む。
限界まで膨らんだ胸は、逆に指を飲み込む沼と化していた。
その時。
エルザの意識が、二人の男の悲痛な覚悟に触れた。
(私のせいで……。私の、この忌々しい重みのせいで、二人が壊れてしまう……)
薄れゆく意識の中で、エルザは見た。
ゲイルの右腕の震えを。ジュリアンの左手の痙攣を。
そして、自分を支えるために、ボロボロになりながらも決して離そうとしない、男たちの熱い掌の感触を。
(嫌……。離したくない。壊したくない。私が……私が何とかしなきゃ!)
「……う、ううううううっ!!」
エルザが咆哮した。
それは恐怖の叫びではない。覚醒の産声だ。
「ゲイル、ジュリアン! ……その手を、楽にして!」
エルザの胸が、強烈な光を放った。
彼女は、胸に溜まった膨大な魔力を、重力への反発という一点に集中させたのだ。
突然、二人の腕から重量感が消えた。
「な……!?」
「浮いて……いる……!?」
信じられない光景だった。
あの巨大な、45キロの質量を持つ双丘が、重力に逆らって自立浮遊している。
二人の手のひらと、胸の皮膚の間に、数ミリの隙間が生まれた。
だが、その隙間には、とてつもない引力の糸が引かれていた。
汗と魔力の粘液が、糸を引いている。
浮き上がりながらも、エルザの胸は名残惜しそうに、二人の掌の形を記憶したまま固まっていた。
「見て……私、自分で……持ち上げたわ……」
エルザは涙を流しながら微笑んだ。
顔は真っ赤で、全身から湯気を立てている。
自らの意志で、自らの胸を持ち上げる。それは彼女にとって、初めて自分の体を取り戻した瞬間だった。
「へ、陛下……」
「すごい……。完璧な、自立式サスペンションだ……」
ゲイルとジュリアンは、空中に浮かぶ壮大な果実を見上げ、呆然と呟いた。
だが、その奇跡も長くは続かない。
エルザの精神力が尽きる。
「あ……もう、無理……」
光が消え、重力が戻る。
しかし、今度は破壊的な落下ではなかった。
力が抜けた二人の掌の上に、優しく、甘えるように着地したのだ。
心地よい重み。
熱は引いていないが、暴走は収まっていた。
ゲイルの手のひらに、安堵したような穏やかな鼓動が伝わってくる。
ジュリアンの指の間を、さらりとした新しい汗が流れ落ちる。
「……戻って、きたな」
「ああ……。やっぱり、ここが定位置だ」
二人は、感覚のない腕で、それでも愛おしそうにその感触を確かめた。
限界を超えた先にあったのは、言葉では言い表せない一体感だった。
エルザが、力なく二人の肩に頭を預ける。
「……重いでしょう? ごめんなさいね」
「いいえ、陛下」
ゲイルは、痺れた右指で、そっと柔らかい下乳を撫でた。
「この重みこそが……我々の生きる意味ですから」
その言葉は、半分は本音で、半分は自分への慰めだった。
だが、その瞬間の彼らの顔は、賢者のように穏やかで、そして雄として満たされていた。
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