第3話 くしゃみ一回、震度3

 王宮、静寂の間。

 そこでは今、歴史に残る肖像画の制作が行われていた。

 画家が筆を走らせるシュシュ、という音だけが響く空間で、ゲイルは死を覚悟していた。


「……マズい。陛下の吸気が始まっている」


 ゲイルは脂汗を垂らしながら、右手に伝わる不穏な胎動を感じ取った。

 彼の掌の上にある女王エルザの右乳房が、ゆっくりと、しかし確実に膨張を始めているのだ。


「ああ、なんてことだ……。春の陽気と、窓から入り込んだ黄金花粉のせいか」


 左側で、ジュリアンが絶望的な顔で天井を仰いだ。

 女王の鼻先が、愛らしくピクピクと痙攣している。

 それは、大災害の予兆だった。


 エルザが息を吸い込む。

 たったそれだけの動作で、二人の掌にかかる圧力は劇的に変化した。

 肺に空気が満たされるにつれ、胸郭が広がり、その上にある巨大な双丘が、内側からパンパンに張り詰め始める。


「くっ……! 硬度が上がっている! さっきまでつきたての餅だったのが、今はゴムまりのようだ!」

「馬鹿野郎、ゴムまりなんて安っぽい弾力じゃない! これは……高反発ウレタンと水風船のハイブリッドだ!」


 ゲイルの指が、膨れ上がる肉にメリメリと食い込む。

 吸気によって皮膚が引き伸ばされ、薄くなった表皮の下で、青い血管がドクドクと脈打つのが分かる。

 

 まるで生き物のように、乳房が自己主張を強める。

 ドレスの胸元が悲鳴を上げ、深い谷間が、さらに左右から押し潰されて狭まっていく。

 谷間の奥底から濃厚な熱気とフェロモンが噴き出し、ゲイルの顔面を直撃した。


「い、いけません陛下! こらえてください!」

「んっ……、くぅ……っ!」


 エルザは真っ赤な顔で、唇を固く結んでいる。

 涙目で耐えようとするその表情は、不謹慎ながら背徳的なまでに唆るものがあった。

 だが、生理現象は無慈悲だ。

 我慢すればするほど、行き場を失った魔力が胸の中で暴れまわる。

 右乳が、ゲイルの手の中で暴れ馬のように跳ねた。


「うおっ!? なんだこの不規則な振動は!」

「魔力の逆流だ! ゲイル、衝撃に備えるんだ! 通常の揺れじゃない、内側からの爆発が来るぞ!」


 ジュリアンが叫びながら、左乳を包み込む指に渾身の力を込める。

 エルザの限界が近い。

 大きく反り返った背中。突き出された胸。

 その頂点にある突起が、下着とドレスを突き破らんばかりに尖り、硬化している感触が、二人の掌の中心を刺激する。


「あ、だめ……っ、でちゃう……っ!」


 エルザの声が裏返る。

 その瞬間、世界がスローモーションになった。


「……くちゅんッ!!!」


 可愛らしい声とは裏腹に、発生した物理現象は災害級だった。


 くしゃみの瞬間、肋骨が激しく収縮し、前に突き出されていた胸が、一瞬で引き戻され、そして反動で射出された。

 その振れ幅、実に30センチ。


「ぐっ、がああああッ!!」


 ゲイルの右腕に、数百キロの鉄球が直撃したような衝撃が走る。

 だが、衝撃よりも凄まじいのは、その後の波だ。

 

 くしゃみの余韻で、32キロの脂肪塊が、上下左右、全方位に波打ち始めたのだ。

 ゲイルの手のひらは、荒れ狂う肉の海に翻弄された。

 右へ流れたかと思えば、次の瞬間には強烈なリバウンドで左へ押し戻される。

 

 柔らかい。あまりにも柔らかすぎて、掴みどころがない。

 指の間から、手首の隙間から、豊満な白肉がニュルニュルと逃げ出し、まるで顔に平手打ちを食らっているかのような質量攻撃が続く。


「は、離すなゲイル! ここで離したら、慣性でトップが引きちぎれるぞ!」

「分かっている! くそっ、なんだこの吸着力は!?」


 汗と魔力で湿った肌が、ゲイルの手に吸盤のように張り付く。淫靡な水音が、静寂の間に響き渡る。

 エルザはくしゃみの反動で前のめりになり、二人の腕に全体重を預ける形になった。

 

 二人の腕が支柱となり、その間に挟まれた胸が、限界までプレスされる。

 潰れた乳房は、原形をとどめないほど平たく広がり、二人の前腕を完全に飲み込んだ。

 温かい。ぬめるほどに熱い。

 ゲイルの二の腕まで、女王の柔肌が覆いかぶさり、まるで肉の沼に肩まで浸かっているようだ。


「はぁ……っ、はぁ……っ、ご、ごめんなさい……」


 エルザが荒い息をつくたびに、ゲイルの腕の中で、潰れた胸が膨らんだり縮んだりを繰り返す。

 それはまるで、彼の腕を産道にして、何かが生まれ出ようとしているかのような、生々しい胎動だった。


「へ、陛下……ご無事ですか……」

「……ええ。あなたたちの手が……私のすべてを受け止めてくれたから……」


 エルザが涙目で顔を上げる。

 その拍子に、プレスされていた胸が元の形状に戻ろうと弾けた。

 その弾力で、ゲイルとジュリアンの体は軽く後ろへ弾き飛ばされそうになった。


「……ッ!」


 ゲイルは右手のひらに残る、痺れるような余韻を握りしめた。

 圧倒的な質量と、暴力的なまでの柔らかさ。

 そして、手のひら全体にべっとりと付着した、女王の香りのする脂汗。

 

 ジュリアンが、青ざめた顔で、しかしどこか満足げに呟いた。


「……今の揺れ、マグニチュードは過去最高だったな」

「ああ……。俺の右肘の靭帯が、まだ悲鳴を上げているよ」


 二人は、まだプルプルと微震を続けている女王の胸を、改めて優しく、かつ慎重にホールドし直した。

 嵐の後の海のように、それは静かに、しかし深くうねっていた。

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