第3話
「綺麗だね。」
目の前に広がる、雄大な朝焼けを2人で眺めていた。
「あぁ、早起きした甲斐があった。」
7月の初めと言えど、やはり朝は冷える。君は鮮やかな青色のブランケットを羽織っていた。
「ここの高台にして正解だったね。」
「そうだね。俺達2人だけだ。」
髪の毛がきらきら輝いて見える。君は光をも味方につける。朝焼けはとても綺麗だ。でも君は言葉にするのも烏滸がましいほど、さらに美しかった。
「おばあちゃんになってもさ、一緒にこうやって見ようね。約束だよ?」
青、紫、赤、オレンジ。朝焼けをまっすぐ見つめながら君はつぶやいた。言葉とは裏腹に、その瞳が儚かった。本当に、今にもどこかへ行ってしまうのではと思うほどだった。だから、
「絶対に約束だ。100年後も」
絶対なんて、言ってしまったんだ。絶対なんてあり得ないことだって俺が一番知っているのに。
ただひたすらに、嬉しそうに笑う君の横顔が眩しかった。
いつの話だっけ。
眠い目を擦り、ゆっくりと身体を起こした。そばにある目覚まし時計に目をやると、朝の8時を知らせていた。
懐かしい夢を見た。もう、夢で君と呼ばれていたのが誰かなのかも、思い出せない。ただ穏やかに流れる時間を過ごしていた。きっとその頃の俺は、幸せに満ちていたことだろう。夢であっても、本当に温かさが伝わってくるような夢だった。最近の俺はちょっとおかしい。今まではこんな夢を見ることはなかったのに。疲れてるのかな、と思いながらのそのそとベットを離れ、洗面所へ向かった。
「あ歯磨き粉ない…」
いつもなら予備も用意しといているはずなんだけど。まぁしかたない。今日買ってこよう。薄汚れの鏡を見ながら、何もつけていない歯ブラシで歯を磨いた。今日は勤労感謝の日で休みだった。久しぶりに本屋でも行こうと予定していた。好きな作家が新作を出したらしい。グレーのパーカーにカーゴパンツ、紺色のコートを羽織り、適当に髪をセットし家を出た。玄関を開けると冷たい風が頬を撫でた。落ち葉が舞っている。ちょうど紅葉の時期だ。が、そんなものには目もくれず、足早に本屋を目指した。
「いらっしゃいませ」
暗い店員の挨拶を聞き流し、新作の置いてあるコーナーへと向かう。ここの本屋に来るのは半年ぶりだ。所々、配置が変わっているみたいだった。
「あれ、」
半年前には、新作の置いてあったコーナーも今は推理小説の紹介コーナーとなっていた。定員に場所を尋ねるのは気が進まず、自力で探すことにした。それとなく店内を歩く。「泣ける!今話題の純愛ラブストーリー。」「ついに映画化!あの人気映画の原作小説。」「5分で笑える!あなたもトリコに。」「真犯人は!?完結したと思われていたミステリー小説、まさかの続編!」いろいろなポスター、ポップが目に入ってくる。キョロキョロしていたら「新作」と書かれた張り紙が目に入った。推理小説の紹介コーナーから、そう離れていない場所にあり、俺の好きな作家の新作は真ん中に置いてあった。手に取ろうとしたのと同時に、同じ本を求める手とぶつかった。
「あ、すみません」
反射的に俺は謝った。相手の女性もごめんなさい、と下を向いたまま早口で謝り、本を取って去っていった。これがあやめだったらな…なんてよく分からないことを一瞬考えた。気を取り直し、俺は本を手に取り、レジへと向かった。
「あやめさんは、肺動脈性肺高血圧症です。」
え?なんて言ったの?
やたらと長い検査をやっと終え、疲れきった脳に言葉が響く。
グレーのスウェットにアニメのパーカーを着た、いかにも部屋着の装いのあやめの頭は、理解するのに必死だった。
「心臓から肺へ血液を送る血管が狭くなり、血圧が上がる病気ですね。」
そんなことを言われても分かんないってば。疲れやすくなったなってつぶやいたらお母さんに心配だからって、病院行かされただけなのに。
「最近、息切れや息苦しさを感じたりはしませんか?」
淡々と話す医者に、あやめはめまいを覚える。
「えっと…」
「まぁそのうち出てくると思います。まずは肺の血管を広げて血圧を下げる薬を使っていきましょう」
医者はパソコンにデータらしきものを打ち込んでいる。
「これからあやめさんと一対一で話しがしたいので、申し訳ありませんがお母様は一旦、待合室でお待ちください。」
回転する椅子を四分の一回し、あやめとあやめの母親を順番に見つめた。その様子から感じとったのだろうか。母親は今にも泣きそうな顔をして診察室を後にした。医者とあやめの2人だけになった、その診察室は気味が悪いほど静まり返っていた。あやめは嫌な予感がした。と言うか、嫌な予感しかしなかったのだ。
「せ、先生?病気って言っても大丈夫なんですよね?ちゃんと治るんですよね?」
怖くなった私は質問した。「大丈夫」その一言だけでいい、その一言が今は一番何よりも聞きたかった。
「この病気は一般的に難病に指定されていて、余命は10年ほどと言われています。でも最近は医学の進歩もあり、それ以上生きられる可能性もあります。…なので、一緒に頑張りましょう。」
難病、余命10年…。その言葉は私の胸に深く突き刺さった。深い水中にしずんでいくみたいだった。周りの音が何も聞こえなくなって、目の前が闇に包まれた。沈むことしかできない自分の身体。上手く息をすることすら出来ない。今までそんな病気とは無縁だと思っていたんだ。そんな急に…。というか、まだ自分がそんな難病だなんてとても信じられなかった。
「…本当なんですか、?何かの間違いじゃ…」
やっと出た言葉は、聞いても返ってくる答えが分かっている質問だった。そんなことを言いたいんじゃない。違う。違うの、。
「残念ながら。」
聞いたことを後悔した。私はあと10年しか生きられないの…?10年。長いようであっという間の時間。ということは、私は30歳の時死ぬんだ。30。結婚考える頃じゃない?これから結婚して、子供産んで、子供の成長を見守って、支えて、老後はのんびり過ごす。当たり前にその未来を、思い描いていた。でもそれが叶わない。私、何か悪いことした…?
この時ばかりは、神様を憎んだ。人は皆平等って。誰だよ、そんなこと言ったやつ。
その後のことはあまり覚えていない。気がついたら母の運転する車に乗り、家へと向かっていた。揺れる車内では聞き飽きた音楽が明るく流れ、雨が車に当たる音が響いていた。
「あやめ、ごめんね…」
母の震える声が聞こえた。
「ごめんね…」
私は後部座席で窓の外ばかりを見つめていた。
「本当…ごめんなさい」
自分に言い聞かせるように、壊れたロボットのように、母は続けていた。
「…なんで」
冷たい窓に頭をつけ頬杖して寄りかかり、私はつぶやいた。
「なんで謝るの…?」
やっと出た言葉が、震えていたかは分からない。けれど、震えていないことを願った。
「私が…丈夫な身体に産んであげられなかった…私のせいよ…。あやめ…ごめ」
「謝らないでよ!」
自分でも驚くほど、大きな声が出た。
「謝らないで…。お願いだから…やめて」
涙がこぼれた。冷たかった。後ろに座ってて良かったと思った。音楽が流れてて良かったと思った。
母はそれ以上喋ることはなかった。
「本屋寄ってくれる…?」
この重苦しい空気をどうにかしたくて、無理やり話を変えた。どうにかは、出来なかったけど。
本屋に着くと配置が変わったみたいだった。気になっていた新作小説はどこにあるかと、店内を歩いた。ぱっとあやめの目に飛び込んできたのは、「小説家を目指すために」という本だった。
今さら…そんなの、。
そう思いつつ本を手に取った。痺れるような、熱を帯びた感覚だった。思考とは反対の行動をあやめはした。またそれとなく店内を歩く。少し先に新作というポスターが見えた。
「あった…!」
すぐ近づこうとして、背筋が伸びた。
そこには、なつめがいたのだった。あやめは慌てて本棚の裏へ隠れた。
なんでなつめがここにいるの?!どうしよう!私今、部屋着なのに!なつめも新作のコーナーを見てる…。
離れていたので、何の本を取ったかまでは、確認することは出来なかった。
私…。別に隠れなくても良かったよね。
よく分からない感情があやめを包んだ。なつめがどこかへ行ったのを確認し、あやめはすぐ目当ての本を取り、レジを通して母の待つ、車へと向かった。
「おまたせ」
「あやめ…。あなた…」
「なに?どうしたの?」
どきっとした。
「ううん。なんでもないわ。いきましょうか。」
何か言いたげな顔をした母が前を向き直し、エンジンをかけた。母は、何を言おうとしたのだろう。
これから。 たまご @rell8y
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