第4話

「お待ちください、セオネードさま。どちらへ参られるのですか?」


 呼び止めるジェードを振り切って、長いスカートの裾を持ち上げる。

華やかな衣装で着飾られた貴族たちの隙間を、ほぼ駆け足に近い早歩きで駆け抜けた。

私のすぐ後ろを、ジェードとカラムも追いかけてくる。

アンバーは大広間を抜けると、バルコニーに出た。

それでもまだ、彼女の足に止まる気配はない。


「ちょっと。どこまで行くの?」

「殿下の婚約者さまは、この会場にはいらっしゃらないので」

「どういうこと?」


 アンバーは迷うことなく、バルコニーから伸びる階段を下に降りてゆく。


「殿下の主催なさるパーティーは、身分ごとに入れるエリアが制限されております」

「なにそれ。初耳なんだけど」

「ジェードさまのご指示です」

「うそでしょ。いつもそんなことしてたの?」

「はい」

「余計なマネを」


 大広間から城の城壁に沿って緩やかに曲がる階段を下り、ようやく下の階に着いた。


「殿下にヘンな虫が付かないようにという、配慮でしょう」

「なんで反対しなかったのよ」

「反対したところで、セオネードさまに興味ありました?」

「……。えっと、それはそうね……」


 アンバーがようやく立ち止まった。

彼女は外回廊から小広間に続く小さな扉に手をかけると、長々と私を見つめる。


「下手に揉めるよりジェードさまのご意見に従っていた方が、無駄な衝突を避けられますので」

「……。はい」


 ジェードは悪い人間ではないが、その爵位と生い立ちから、私以外の者にはなかなか当たりが強く扱いが難しい。

貴族らしい、貴族の中の貴族と言えば、その通りだ。

アンバーは細い目を半開きにして、うんざりしたように私をにらむ。


「こちらの苦労も、多少はお考えください」

「申し訳ありませんでした」

「えぇ。これからも本気でそう思っていただけると、ありがたいのですけどね!」


 アンバーが勢いよく扉を開こうとした瞬間、彼女の手をジェードが押さえつけた。


「待て。お前は殿下をどこへご案内するつもりだ」


 ジェードの灰色の目が、アンバーを鋭い眼光でにらみつける。

散々上級貴族とやり合ってきたアンバーですら、その勢いにわずかに怯んだ。


「ジェード。その手を離しなさい」

「お答えください、セオネードさま。この者は殿下をどこへ案内なさるつもりでしょう」

「あなたには関係のないことよ」

「なぜ? 殿下に関することで、私に無関係のことなんて、この世にございましたか」

「私の意志に、ジェードの意見が必要?」

「もし殿下が間違いを犯そうとしているのなら、それをいさめ正す者が必要です。それなくして、正しい治世が守られるとでも? 殿下をお守りするのが、我々の務めです」

「私が間違っているとでもいいたいの?」

「どうでしょう。お話しをうかがわないことには、こちらも判断いたしかねます」


 そうやってのらりくらりと、とってつけたような正論を並べたところで、私の決意は変わらない。


「アンバー。この中にいるのね」

「はい。いらっしゃると思います」

「私には、どんな方だか分からないわ」

「名前を呼べばよろしいのでは? それくらいは覚えておいでですよね。返事はすると思います」

「分かった」


 アンバーが手を掛け、ジェードが押さえこんでいる扉の、反対の扉を押し開ける。

私は大広間の真下にあった小ホールに足を踏み入れた。

この部屋の存在は知ってはいたけど、実際に足を踏み入れるのは初めてだ。

落ち着いた焦げ茶色の絨毯と壁に囲まれた部屋には十数人の男女が集い、その人数分程度の酒と料理が振る舞われていた。


「エドオーウェン・マコルガン!」


 いきなり乱入してきた私に、居並ぶ官吏たちが驚く。

その部屋は貴族ではなく、城に勤める役人たちのために用意された、慰安のための部屋だった。

男女共にそれそれ自分の部署にちなんだ制服を着用し、ドレスで出席している女性は数えるほどしかいない。


「エドオーウェン・マコルガン!」


 さほど大きくはない部屋だ。

私が入ってきたことも、声も届いているはず。

ぐるりと周囲を見渡しても、皆驚きのあまり壁に張り付き、動けなくなってしまっている。


「居ないの?」

「わ、わたくしにございます。セオネード殿下」


 一人の男性が、ようやくおどおどと前に進み出た。

黒髪に黒い目の彼は、私とさほど背の高さは変わらない。

緊張に身を強ばらせながら下級官吏の着る統一された制服の胸に手を当て、頭を下げる。


「何かご用命にございましょうか」

「あなたがエドオーウェン?」

「はい」


 年齢はほとんど変わらないか、少し年下なくらいた。

自然に伸ばしたままの黒髪が、青ざめた顔に細かく震えている。


「これからあなたに、重要な任務を申しつけます」

「はい」

「私の婚約者となってください」

「はい……。って、えぇ?」

「ダンスは踊れまして?」

「た、多少なら……」

「十分です」


 私が手を差し出したのに、彼はただそれを見つめおろおろするだけで、動こうとしない。


「ほら。早く」

「え? え?」

「私の手を取りなさい」

「は、はい!」


 彼はようやく、恐る恐る手を取った。


「よろしい」


 元々身分なんて気にしていない。

彼はとても大人しそうに見えるけど、誠実そうな顔立ちで病弱な様子もない。

そもそも私が選んだ相手だ。

誰にも文句は言わせない!


「音楽を!」


 わずか三名のバイオリン弾きたちが、慌てて弦楽器を構える。

これまでを見ていたジェードが、血相を変えて叫んだ。


「お待ちください、セオネードさま!」

「ジェード。ダンスの邪魔をしようなんて、恥を知りなさい」

「この男とダンスをなさるのですか?」

「そうよ」


 私はジェードを振り切り、エドオーウェンを引き連れ広間の中央に出る。

本来ならそこですぐに音楽が始まるはずなのに、楽団員も緊張しているのか、すぐに演奏を始めない。

私がクイと顎を動かし合図を出すと、完全に音を外した音色から始まった。

私がダンスのための一歩を踏み出すと、エドオーウェンもなんとか足を動かしついてくる。

本来なら男性側がリードするものなのに、完全に私が彼をリードしていた。

出来の悪い生徒に、初めてのダンスを教えているみたい。


「驚かせてごめんなさい」


 彼の踏むステップのぎこちなさと重ねた腕から、限りなく彼の動揺が伝わってくる。


「い、いえ……。ダンスのお相手を仰せつかわり、大変光栄にございます」


 気づけば広間に面した外回廊には、上階から降りてきた貴族たちであふれていた。

エドオーウェンは顔を真っ青に緊張させたまま、決して上手くはないけど無難な足運びを続けている。


「後でちゃんと説明します。今は私に話を合わせてください」

「は、はい」


 その返事を聞き届けると、私は踊っていた足をピタリと止めた。

まだまだ混乱している彼と繋いだ手を、高らかに持ち上げる。


「エドオーウェン・マコルガン。この者を私の婚約者とします!」


 周囲に悲鳴とも絶叫ともいえる混乱が沸き起こる。

一言物申したい貴族たちが決して広くはない部屋に押し寄せてきた。

その後の混乱は大変なものだった。

私たちはもみくちゃになった会場をアンバーと護衛兵たちに守られながら、なんとか脱出することに成功した。

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