第3話
「全く。こんなことをしている暇があるなら、別の仕事をしていた方がよっぽどマシよ」
「これも大切なお仕事にございます」
衣装部屋で侍女たちに囲まれ、アンバーの見立てたドレスを身に纏う。
「殿下の御髪は透けるように透明な紅茶色にございますので、くっきりとしたターコイズブルーと白のアクセントのついたドレスをご用意させていただきました」
衣装はアンバーの選んだ専属のデザイナーに仕立てさせたものだし、ヘアセットやアクセサリー、香水の類いに関しても、私付きの侍女たちがよく勉強してくれている。
彼女たちの複雑に結い上げた丁寧な髪型を鏡で確認して、用意されていた手袋と指輪をはめると、ドレスに合わせた扇を手に取った。
その姿を鏡に映し、自分の状態を確かめる。
「ありがとう。よく似合ってるし、とっても素敵だわ。感謝します」
「はい! いってらっしゃいませ。セオネードさま」
かわいい侍女たちからの応援ににこやかに手を振り、私は久しぶりの大仕事に意気揚々と大広間へ向かう。
「で? 肝心の、私の婚約者さまのご用意はよろしくて?」
紅い絨毯の敷かれた白壁の回廊を進む。
警備についている兵たちは、私たちを見てにこやかに頭を下げた。
「出席は確認しております」
「どこにいるの。顔が分かんない」
「そんなことばかり言っていると、そのうち刺されますよ?」
「なら警備を強化させましょ。私の護衛兵たちは、アンバーが心配しなくちゃいけないほど無能だったのね」
アンバーは疲れ果てたように息を一つ吐き出すと、そのままむっつりと黙ってしまった。
かなり機嫌が悪いようだけど、私だってうんざりしている。
全く気が進まないけど、これも次期女王としての役割ならば仕方がない。
「だけどさ、どうしてアンバーはパンツスタイルのままなのよ。ドレス着なさいって言ったでしょ」
「殿下の見張りを務めるのに、裾の長いドレスは身動きがしにくいので」
「なら私もそうすればよかった」
「いい加減にしてください。今日は国内外から大勢の来賓を招いてるんですよ」
「別にそれはいいのよ」
「なにがよろしいんでしょうか?」
アンバーが怒っている。
私だって、本当はこんなことしたくないのに。
「……。もういい」
私は背筋を伸ばし姿勢を正すと、城一番の大広間へ続く扉の前に立った。
これから私は、初めて公に婚約者を発表する。
それなりに緊張もしていた。
これは甘く浮かれた話なんかじゃない。
権力的思惑のからんだ、重要な政治上の駆け引きだ。
「王女殿下、セオネードさまのご来場です!」
王太子登場のためのラッパが鳴り響き、摘んだばかりの薫り高い花びらがひらひらと宙をまった。
私はにっこりと作り慣れた上品な笑みを浮かべる。
全面に彫りの施された大扉が開かれると、一気に視界が広がった。
華やかに着飾った大勢の貴族たちが流れる音楽に身を任せ、優雅なダンスを踊っている。
その周囲では様々な料理や酒が振る舞われ、賑やかに歓談が行われていた。
壇上からさっと見渡しただけでも、確かに今日のパーティーはいつものと比べ規模が大きい。
昼間から夜にかけての大宴会というのもあるのだろう。
奥では道化師たちの華やかなパフォーマンスまで行われているようだ。
会場中の視線を一身に浴びながら、フロアへ向かう大階段を下りる。
世間では婚約者候補第一位と噂されているマクニース公爵家のジェードが、早速現れた。
「セオネード殿下。本日はお誕生日おめでとうございます」
ブロンドの髪にグレーの瞳、スラリと背の高い彼は、私の従兄弟に当たる。
正真正銘、王家の血を引く王族であり、幼い頃から私の夫となるよう、しっかりと躾けられ訓練されてきた人だ。
本人にも当然そうなるものだという、自負もある。
もし私が生まれてこなければ、彼が最も有力な後継者候補となり、王位を得ていただろう。
ここにいる誰よりも優雅な立ち居振る舞いで、私をエスコートするための手を差し出した。
「本日は一段とお美しい。今日の良き日に、殿下にますますのご幸運がございますように」
いつもの決まり文句が、今回だけは特別に聞こえる。
普段は冷たくあしらいはねのける彼の手に、素直に自分の手を重ねた。
「そうね。まさに私自身が『運』を引いていればいいのだけれど」
ジェードの細い眉が、その言葉に敏感に反応した。
アンバーに言わせれば「何を今さら」と鼻で笑われるだろうけど、今回の婚約発表はここにいる貴族たち全員に喧嘩を売るようなものだ。
誰を選んだとしても、火種にならない理由がない。
ジェードはそれを雰囲気から察したのか、私の腰に自然と腕を回した。
「殿下のお決めになることは、我々の意志でもございます。殿下は常に前を向き、堂々となさっていてください。私はどこまでもあなたの味方です」
「ふふ。いま口にしたその言葉。確かに忘れないで下さいね」
「もちろん。あなたとの約束を、この私が忘れるわけなどないじゃないか」
「約束? そんなもの、いつ交わしたかしら」
「ご冗談を。産まれ落ちたその瞬間から、運命として決まっているものにございます」
私たちの前に、第二有力候補のカラムが現れた。
彼は胸に手を当て膝を折ると、丁寧な挨拶を捧げる。
「セオネードさま。お誕生日おめでとうございます」
「あなたも来ていたのね」
「当然にございます」
カラムが差し出す手に、私はジェードから放した手を重ねた。
それだって、普段の行動からすれば異例中の異例のことだ。
私が主催するパーティーでは、有力候補五人が挨拶をする順番が決まっていた。
彼らのうちで勝手に取り決めたことなんだろうけど、その一人目のエスコートを受け一曲ダンスを踊れば、早々に退場するか、もう誰のエスコートも受けないのが慣例となっている。
今回はたまたま、ジェードの番だったというだけ。
そのジェードにしばらく付き合いダンスをすることもなく順番通りに挨拶をしにきたカラムの手を取ることは、これまでは絶対ありえないことだった。
周囲に小さなどよめきが走る。
カラムとジェードも、いつもと違う雰囲気に何かを察知したようだ。
「今日こそ、殿下が婚約者をお選びになると、誰もが噂しておりますよ」
「まぁ。噂好きな人が多くて、困ったものね」
カラムは侯爵家でありながら、国内で最大の領地を持つバーノン家の跡取り息子だ。
王室第一騎士団、団長の称号も持ち、剣の腕も国内随一を誇る。
私と結婚することにジェードほど特別なこだわりを持ってはいないけど、あわよくばという野心を隠すつもりはない。
「早く殿下がお相手を選ばないことには、国中の男たちの婚期が遅れてしまいます。それではここにいるご婦人方の不満も、収まりません」
「なるほど。カラムも早く私に婚約者を決めて欲しいのね」
「殿下がお選びになるお相手なら、誰であっても異論はございません」
彼はそう言うと、片膝を床についた。
腕を真っ直ぐに私に差し出し、正式なプロポーズの姿勢を取る。
「セオネードさま。どうか私の愛にお応えください」
「……。あなたのその言葉は、もう散々聞き飽きました。少し策を練ってみてはいかがかしら?」
持っていた扇を開き顔を扇ごうとした瞬間、カラムはさっと素早い動きで立ち上がると、私の手を強く握り締めた。
「策を練れとおっしゃられたので、策を練ってみました」
彼は掴んだ扇ごと、私を大胆に強く抱き寄せると、頬を近づけた。
彼の青黒い前髪が私の頬に触れ、耳元にささやく。
「ジェードがお気に召さないのであれば、私があなたを守ります。それが出来るのは、俺だけだ」
「なるほど。私の周りには実に頼もしく、心強い方々が揃っているようですね」
カラムの胸を押しのけ、その腕の中から抜け出す。
すぐにジェードが駆け寄ってきた。
「殿下! この男にいつまでこのような無礼をお許しになるのですか。カラム、君はセオネードに対していつも失礼な態度を……」
「そういうジェードさまも、殿下に対して随分馴れ馴れしいご様子だが?」
「おい。それはどういう意味だ」
やれやれ。いつもの争いが始まった。
その横で、次の挨拶を待つ大臣の息子たちが殊勝な顔で大人しく順番待ちをしている。
私に挨拶をするのは、必ずこのメンバーと決まっていた。
望んだわけでもない周囲の勝手な取り決めに、うんざりする。
こんな状態で、この中から誰かを選ぶことなんて出来ない。
私はすぐ後に控えるアンバーを振り返った。
「案内をお願い」
「かしこまりました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます