#2怖いストレッチマン

思い出せる限り最初に怖いものに出会った記憶を掘り起こそうとすると、やはり15年くらい前、ここら一帯を襲った震災の記憶を結びつけずにはいられない。


ひょっとしたら僕の記憶が適当にそれっぽく後付けしただけのって可能性も十分あるんだけど、あのとき、というかそれよりちょっと前、当時2歳くらいの僕は明確にこれから起こるどーしようもない悲劇の予兆を見ていた気がするのだ。予知夢って奴だ。


子供っていうのは眠るのが嫌いだ。齢2才の僕は頑張って己の眠気と闘うべく頑張った記憶があるのだが、そもそも『眠い』っていう感覚を知らない子供は眠気を感づく前にそれと闘うまでもなくグーグー寝ちゃうわけで、それが当時の僕には深刻な問題だった。


夢の中に怖いストレッチマンが出てくるようになったからだ。


まさかストレッチマンを知らない若造が居るとは思うまいが、ストレッチマンっていうのはNHK教育(現Eテレ)で放送されてた番組で元々は『グルグルパックン』っていう、要支援児童向けの教育番組のコーナーの1つだったんだけど……っていう豆知識はどうでも良くて、ともかく、頭にストレッチトンガリ(公式名称)を生やした黄色い全身タイツのオッサンがストレッチ・パワーで怪人をやっつけるっていう、そういうコミカルでウェルフェアな番組なんだが、今思うと『怖いストレッチマン』はあまりストレッチマンに似ていない。当時の僕が兄弟に説明するために、ニワトリと互角レベルの脳みそを一生懸命使って似ているものを探した結果がストレッチマンだったのだ。


『寝たくない~怖いストレッチマンやだ~』


そうは言っても、あんまり夜中に騒ぐとブチギレて殴りかかってくる親父が居るのと、ヒス起こして夜通し喚き散らかすお袋とコイツらの血を引いてる兄貴たちの方が俺は怖かったので、結果的に静かになる。寝てしまう。


夢の中の俺は良い匂いのする砂場で兄貴たちと遊んでる。怖いストレッチマンのことなんか考えてない。布団のちょっとザラザラした感触を質の良い砂と勘違いして何度も撫でている。


怖いストレッチマンの出現パターンは決まっていて、必ず親しい人に『置き換わる』形で現れる。


ふと長男の健康的な太ももがあるべき場所に目にやったとき、それが茶色くて太い丸太のような成人男性の脚に変貌しているのを見て、俺は怖いストレッチマンの到来を知る。二男と三男が消える。


ゆっくり顔を上げる。上げてしまう。怖いのは解っているのに。


今思うとストレッチマンというよりは『どうぶつの森』シリーズに出てくる『ハニワくん』が近い気がする。全身が茶色くって、顔は丸を3つくっつけただけで(数学の∵記号みたいな)でもその円の周りはやけにギザギザしていて、イカの吸盤を3つ並べたような気色の悪い面で、口の周りに線みたいなシワがあって、頭がとんがっていて、ちょうど父親と同じくらいの背丈をしている。親指以外の指はくっついていて手袋のようになっている。


怖いストレッチマンは僕に危害を加えない。長男がさっきまでやっていた砂いじりを繰り返してる。僕もそんなに大袈裟に怖がらない。なんか近くに居ると触られて無いのに全身をサワサワとされてる感覚があってキモいんだけど、それだけだ。


明晰夢ってほど明晰な意識をしていないのもあるけど『あー出ちゃったかァ厭だなァ』って感じで、その気持ちが朝まで続く。起きてからの数時間続く。


一回だけ怖いストレッチマンがコンタクトを取ってきたことがあって、どういう経緯でそれが発生したのかは覚えてないんだけど、なんだか遠いところから手を振っていた。バイバイ、それじゃあね。みたいな感じで。まるで『おかあさんといっしょ』で、番組の終わりに子どもたちに手を振るマスコットみたいに。暖かく手を振っていた。


そのあとに震災があったのか、震災のあとにその夢を見たのかは定かではないのだが、俺はなんとなく、アレが碌でもない災害に何らかの形で関わってることを確信している。


なぜ?


今、眼の前に居るからだ。


現実の朝に。ドアを開けたら。青白い朝の光を浴びて。


「もー もー」


フクロウと合成音声のミックスみたいな鳴き声。


後ろを振り返る。愛する兄弟は全員寝ている。俺が早起きなの知ってるな?コイツ。


怖いストレッチマンは昔よりもずっとデカい。どうしても俺のことを見下したいらしい。背を伸ばしすぎて猫背になっている。


「……あまり、俺をナメない方が良いぜ」


強がってみる。多分、強がらないと死ぬ。ここで。


だから全力でソイツを睨んで、言う。


「もう子供じゃねえんだ。俺は」


「もーう」


ストレッチマンがそっぽを向く。そのまま消える。


俺は下の階に降りて1人、コーヒーを淹れる。砂糖をドバドバ突っ込む俺はまさにガキそのものなのだが、ストレッチマンに見抜かれなくて本当に良かった。


これから凄まじい大災害が始まるのかもしれない。あるいはもう始まっているのかもしれない。でも土曜日の朝にそんなこと伝えに来るような無礼者なんか相手にしてやらない。今日も俺は普通に生きるだけだ。


つーことで今から白寂キリカに会いに行く。朝から映画とか見たりボドゲやったりしてグダグダ過ごす。5時半の待ち合わせまで15分前。ちょっとCHILLしすぎたかも。急いだほうが良さげ。


静かに玄関を開ける。不純物の少ない朝の空気は美味い。紫とオレンジの空。さつまいもみたいで素敵だ。


「おっはよ~」


郵便ポストの隣に既に白寂の奴が待ち構えていて、ぶっちゃけコイツのほうが怖い。

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白寂百物語 刈葉えくす @morohei

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