第94話 斧神
無い野は、
静かに歩き出した。
その一歩。
その足音だけで、
アリーナの空気が張り詰める。
観客席に、
ざわめきが走る。
「殺される……」
誰かが、
震える声で呟いた。
神界が誇る精鋭達、七天神に成る筈の才能。
その才能が今、消されようとしている。
剣の前に立つ無い野。
その距離1メートル。
だが――
拳は振るわれなかった。
無い野は剣をそのまま通り過ぎる。
その瞬間だった。
剣の表情から、
力が抜け落ちる。
まるで――
全てを悟ったかのように。
静かに、
目を閉じ。
音もなく、地面へと崩れ落ちた。
勝敗はもう誰の目にも明らかだった。
無い野は倒れた剣を一瞥する。
そして。
その視線は、次の標的へと向けられる。
――斧神。
言葉は短い。
「次は――お前だ。」
――宣戦布告。
アリーナに、
凍りつくような沈黙が落ちる。
斧神の前に立つのは、
もはや挑戦者ではない。
斧神は腹の底から可笑しそうに笑った。
「カッコいい〜笑、よくもまあそんな大見栄を張れるもんだな」
肩をすくめ、無い野を見下ろす。
「さっきの一撃で……お前の中にもう気はほとんど残ってないだろ?」
余裕。
それも、確信に近い余裕だった。
だが無い野は、
視線すら逸らさず、淡々と言う。
「……今はな」
その一言に、
斧神の笑みが、ほんの僅かに歪む。
同時に、アリーナへ医療班がなだれ込む。
担架に乗せられた剣が運ばれていき、
観客の視線がその後を追う。
司会が、震える声で叫んだ。
「つ、続きまして――
次の試合を開始します!!」
だがその声は、
どこか上ずっていた。
先程以上の戦いが、
これから始まることを理解していたからだ。
⸻
一方その頃。
無闘、F、田野が観戦している部屋に、
ドアが開く音と共に多死Rossが現れる。
「調子はどうだ?」
軽い調子。
まるで世間話のように。
「テメェ……椅子で寝たせいで身体バキバキなんだけど!!どうしてくれんの!?」
Fが多死Rossを見るや否や鎖を鳴らし、叫び散らかす。
ガラスから斧神を見ていた無闘が、
堪えきれずに口を開いた。
「……あいつは……本当に七天神なのか?」
一瞬の沈黙。
多死Rossは、
肩を竦めて答えた。
「そうだ」
そしてさらりと続ける。
「奴が大会に出ていたのは、
俺も昨夜知ったがな」
部屋の空気が一気に重くなる。
動揺する三人に向け、
多死Rossは忠告するように言った。
「言っておくが、
今までのような期待は
しない方がいい」
「七天神は、
神界の選ばれた精鋭だ」
「他の連中とは――
格が違う」
無闘の喉が鳴る。
その時、田野が問いかけた。
「……お前はいつ戦うんだ?」
多死Rossは、
即答だった。
「次だ」
「え……?」
困惑する無闘、F、田野。
多死Rossは少しだけ目を細めて語る。
「本当はな、
決勝で無い野達を戦わせて、
限界まで消耗させるつもりだった」
「だが、事情が変わった」
ガラスの向こう、
アリーナの斧神と無い野を一瞥する。
「斧神と無い野達がやり合えば、
負けることはないにせよ――」
「斧神も多少は消耗するだろう」
唇が歪む。
「……そこを狩る」
その言葉に、
無闘達は言葉を失った。
(やべえぞ……いくら何でも七天神二人が相手はキツすぎる……)
誰も目を逸らすことができなかった。
⸻
同時刻、コロシアム内部。
重厚な壁に囲まれ、
警備により厳重に封鎖された選手側・立ち入り禁止区域。
観客の喧騒は遠く、
ここには張り詰めた静寂だけが支配していた。
最初に異変に気づいたのは、
入口を守る二人の警備員だった。
「……ん?」
奥の通路から、
二人の人影が歩いてくる。
一人は二十代前半ほどの男。
気の抜けた様子で手を頭の後ろに回し、
まるで遊園地を回る子供のような態度。
もう一人は十代後半に見える少女。
落ち着いた足取りで、
周囲を観察するように視線を走らせている。
男が周りを見渡しながら言った。
「やっぱ広いなーここ。
早めに来て正解だったわ」
隣の少女――夢野が、
軽く手を振る。
「じゃあ私、一階探すから。
残りお願いね」
「はぁ!?」
男は即座に声を上げた。
「ここ十階近くあんだろ!
残りの階全部俺かよ!」
「男なんだから力仕事は得意でしょ」
「はい差別!今の時代そういうのは――」
言い終わる前に警備員の一人が前に出る。
「おい、ここは立ち入り禁止区域だ。観客は――」
そこまで言いかけて、
男の顔を正面から見た瞬間、言葉が止まる。
「……?」
眉をひそめる。
「お前……どこかで見た顔だな……」
もう一人の警備員が首を傾げる。
「知り合いか?」
「いや、違う……が……」
次の瞬間、警備員の目が大きく見開かれた。
「――ッ!」
息を呑む音。
「お前……!
まさか……レッドリストに載ってた――!」
言葉が、最後まで届くことはなかった。
視界が、ぐにゃりと歪む。
まるで何かに引きずり込まれるような、
抗えないとてつもない眠気。
「な……ん………」
二人の警備員は、
ほぼ同時にその場に崩れ落ちた。
――音もなく。
夢野は、倒れた警備員を一瞥し肩をすくめる。
「あんた、結構有名人だね」
男は、
悪びれもせず笑った。
「まあな」
軽く手を振り、
そのまま奥へと歩き出す。
「さーて……仕事、仕事」
「なあ……やっぱりお前も4階くらいまで……」
「無理。」
夢野とその男は警備員達を跨ぎ、奥へと歩いていった。
その先で、
神界の運命がさらに歪み始めていることを――
まだ誰も、
知らなかった。
⸻
アリーナでは、
司会の声が異様な熱を帯びて響いていた。
「まさかッ!!ここでまさかの登場だァ!!」
観客席がどよめく。
興奮と期待、そして恐怖が入り混じったざわめき。
「先程判明したこの男の正体!!七天神の一角!!
斧神おのしん!!」
神界の選ばれし精鋭。
七天神の中でも、
純粋な破壊力を司る存在。
「神界の守り神!一撃一撃が都市を砕くと言われる、まさに“破壊の権能”ッ!!」
歓声が爆発する。
「守るのか破壊するのかどっちだよ……」
翔馬が司会に少し困惑する。
「7天神……先程の闘いで無い野は疲弊している……俺達にやっと出番が回って来そうだな……」
隣の当て野が呟く。
「それ……無い野が負けるって事かよ」
「正直……今の万全な状態じゃない無い野が勝つのは……難しいだろうな。」
「分かんないぜ……無い野はまだMODEを使ってない。」
その時アリーナの縁に斧神が姿を現した。
巨大な戦斧を肩に担ぎ、
筋骨隆々の身体に刻まれた無数の傷。
その顔には戦いを楽しむ獣のような笑み。
ゆっくりとアリーナに降り立ち、
正面に立つ無い野を見下ろす。
「せいぜい楽しませてくれよ、堕天。」
斧神は口角を吊り上げた。
「先に言っとくが……待ったとか降参は無しだぜ、泣いて謝っても無駄だぜ。」
観客が煽りに反応し、
一斉に騒ぎ出す。
「やってくれ斧神様!!」
「無い野、今度こそ終わりだ!!」
「殺せぇぇぇ!!!」
だが――
無い野は、一切反応しなかった。
視線すら向けない。
ただ静かに立ち、
蒼の気を抑えたまま、
呼吸を整えている。
斧神は眉をひそめ、
鼻で笑った。
「……無視かよ。
余裕ぶってられるのも今のうちだぜ?」
それでも無い野は、
言葉を返さない。
「……ハハッ、クールだね〜」
司会が、
両手を高く掲げる。
「さあッ!!
両者、アリーナに揃ったァ!!」
歓声は最高潮。
「七天神・斧神!!
対するは――
この大会最大の異物、無い野!!」
一拍。
アリーナ全体が、
息を呑む。
「――試合開始ィィィィッ!!!」
その宣言と同時に、
神と神ならざる者の戦いが、
幕を開けた。
次の更新予定
亜里野ストーリー 与志野音色 @Yrots_onira
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