第92話 勘違い
剣は折れた刀を握ったまま――
一瞬、思考が止まっていた。
(…………何故、折れた)
否。
折れるはずがない。
(この刀は……
俺の神の気で、二重に強化してある……
こんな事態が起きるような構造じゃない……)
理屈が噛み合わない。
その沈黙を――
無い野が、破る。
「……気になるか?」
剣の視線が、
無い野へと戻る。
無い野は、
腹の傷から血を垂らしながらも、
どこか確信めいた目をしていた。
「先程の一撃でな」
無い野は静かに続ける。
「お前の刀の気の防御に、
一瞬だけ――ムラが出た」
剣の表情が、
わずかに強張る。
無い野は、
あの瞬間を思い返していた。
刃が腹に数センチ刺さった、
あの感触。
(……あの時だ)
自分が、
確かに深手を負った瞬間。
その直後、
刀を包む神の気が――
ほんの刹那、揺らいだ。
「俺が考察するに理由は二つある」
無い野は、指を立てる。
「一つ。
その刀自体の“祝福”の反動だ」
剣の眉が、
僅かに動く。
「能力を使った直後、
ほんの一瞬だけ……
気の制御にブレが出る」
それは武器に祝福を宿す神器だけが抱える、
避けられない隙。
「もう一つ」
無い野の声が、
低くなる。
「お前自身だ」
剣の目が細まる。
「攻撃を当てた瞬間――
ほんの一瞬、
意識が“結果”に向く」
倒したか。
通ったか。
致命か。
「その油断が、刀の気の集中を緩めていた。」
無い野は、
小さく息を吐いた。
「だから俺は――」
視線が腹の深い傷へと落ちる。
「敢えて、重いダメージを受けた」
観客席が、
ざわめく。
「致命傷にならない範囲で、
お前を“当てた気”にさせる」
「そうすれば――
もっと、隙は大きくなる」
剣は、
言葉を失っていた。
無い野は、
さらに一歩踏み出す。
「……で」
静かな声。
「もう一つ、気づいたことがある」
剣の動きが、止まる。
「刀を失ったとはいえ俺は大ダメージを受けている、だが――
お前は、かかって来ない」
それは、事実だった。
「この状況なら、
普通は一気に詰める」
「なのに、しない」
無い野はじっと剣を見据える。
「今までの戦いから察するに――」
言葉を選ぶように。
「お前は、祝福が使えない」
一拍。
「……もしくは」
蒼の気が、静かに揺らぐ。
「使えない理由がある」
沈黙がアリーナを支配する。
剣の内側で、
何かが――
確かに、軋んだ。
剣は、
一瞬だけ――目を伏せた。
(……そこまでわかっていたのか……)
心の奥で静かに脱帽する。
だが同時に――
理解不能な違和感が胸を刺した。
(……いや違う……俺はこいつを……何故こんな事に……)
剣は折れた刀を握り締めたまま無い野を睨む。
「……何者なんだ……お前は……」
問いは、
怒りではなく――
困惑から出たものだった。
無い野は、
一瞬だけ視線を逸らし、
そして剣を見返す。
「……お前は、知っている筈だ」
静かな声。
「俺が何者かを」
その言葉が――
剣の神経を、逆撫でした。
「……っ」
剣の表情が、
歪む。
「ふざけるな……虫唾が走る……!」
神の気が、
荒れ狂う。
「お前如きが……!」
一歩、踏み出す。
「お前如きが神を名乗るな!!」
怒号が、
アリーナを震わせた。
観客席が、
凍りつく。
その怒りは、
敵意だけではない。
剣は無い野を睨み据えながら、歯を食いしばる。
(否定したい……!!こいつの才能!!こいつの努力!!才能などというものに夢を見たこいつを!!跪かせたい!!)
だが。
無い野は、
怒りに反応しない。
ただ静かに立ち――
その目で、
剣を見下ろしていた。
まるで、
答えは最初から決まっていると
知っているかのように。
アリーナの空気が、
張り詰める。
剣は無言で無い野を睨みつけたまま――
歯を強く噛み締める。
奥歯がギリ……と鳴る。
(認めて……たまるか……)
その怒りの奥で、
封じ込めていた記憶が――
否応なく、蘇る。
――少年時代。
神界の辺境、
貧困に喘ぐ小さな村。
そこに三人の兄弟がいた。
「この子達は神界の未来を背負うだろう」
村人たちは、
口々にそう言った。
剣つるぎは三兄弟の長男。
三人の中で、
最も剣術の才能があった。
振れば当たる。
学べば伸びる。
そして剣は村に伝わる神器、飛び宗を村長から受け取った。
剣は信じていた。
(俺が……この才能で……この村を救う)
剣は、自分の才能を疑わなかった。
そして――
ある日。
両親のもとに、
四人目の子が生まれた。
小さく、温かい――
元気な女の子。
剣は赤子を抱きながら誓った。
「必ず……
俺が七天神になって……
腹一杯、食わせてやる」
未来は確かにそこにあると――
信じていた。
だが。
その一ヶ月後。
夜。
村は、
盗賊に襲われた。
炎。
悲鳴。
血の匂い。
仲の良かった村人たちが、
次々と殺されていく。
剣は絶望の中、飛び宗を握った。
恐怖と怒りで身体が震えていた。
(守る……!俺の家族だけは……!)
初めて、
他人を斬った。
生暖かい感触。
返り血が、
顔にかかる。
地面に転がるのは――
さっきまで笑っていた
仲間たちの死体。
腐臭と血臭が混じり、
吐き気が込み上げる。
それでも――
剣は叫んだ。
叫びながら、
斬った。
斬って、
斬って、
斬り殺した。
やがて――
追い詰められる。
自分の家の玄関前。
その時。
――ドン!
――ドン!
――ドン!
扉を、
必死に叩く音。
「……っ!」
何かが叫ぶ声。
剣は悟った。
(兄弟だ……!怖くて……逃げようとしてる……!)
ここを開けたら、
家族は殺される。
剣は扉を固定した。
「俺の家族には……!!」
喉が裂けるほど、
叫ぶ。
「指一本、触れさせない!!」
剣は、
振り返り――
盗賊を斬った。
斬って、
斬って、
夜が明けるまで。
やがて――
朝日が昇る。
盗賊は既に逃げ帰っていた。
剣は、
血と返り血に塗れ、
ボロボロの身体で――
家へ入った。
そして。
見た。
玄関の前で――
バラバラにされた家族。
言葉が、消えた。
裏口が――
無理矢理、破壊されていた。
その瞬間、
全てを理解した。
扉の前で叫んでいたのは――
裏口から侵入され、
逃げ場を失った家族。
剣自身が、
扉を固定したことで――
逃げ道を、塞いだ。
母。
父。
兄弟。
そして――
自らが守ると誓った、
赤子。
母親ごと、
後ろから――
串刺しにされていた。
剣の視界が白くなる。
膝が崩れ落ちた。
その時――
剣はもう一つの事実に気づいた。
(……違う……)
(俺は……強くなんか……なかった……)
信じてやまなかった自信。
才能。
剣術があれば救えるという思い込み。
――全て、
勘違いだった。
守れなかった。
選択を誤った。
そして――
取り返しは、つかない。
(……神など……)
剣は、
奥歯を砕くほど噛み締める。
(……俺には……
神を名乗る資格など……!)
その過去が――
今、無い野の前で、
剣の怒りと否定となって
噴き上がっていた。
剣は認められなかった。
無い野の存在を。
“神に並ぶ者”を。
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