第90話 正体

蒼の気と神の気――二つが、同時に解き放たれた。


瞬間、コロシアム全体の空気が軋む。


『――なっ……!?』


司会の声が裏返る。


『こ、これは……!両者とも、今までとは明らかに次元の違う出力……!!』


観客席が一斉にざわめいた。


「嘘だろ……」

「七天神級……いや、それに触れかけてる……!」

「無い野だけじゃない……剣の気も異常だぞ……!」


蒼の気が渦を巻き、

神の気が圧として空間を押し潰す。


二人の間に、

踏み込めば即死の領域が生まれていた。


翔馬が息を呑んだまま目を見開く。


「……あいつ……」


隣で花野が、震えた声で言う。


「無い野君と……同じ……

 いや、近い……」


その時だった。


観客席の一角――

年老いた神界人が、思わず声を漏らす。


「……剣って……

 もしかして……あの神界南の……」


その言葉に、

周囲の観客が一斉に反応した。


「南……?」

「まさか……」

「いや、でも……あの気の質……」


ざわ……

ざわざわ……!


空気が変わる。


「神界南の一角を任されてる……」

「七天神の一人……斧神の――」


誰かが、はっきりと言った。


「ただ一人の配下だ……!」


次の瞬間、観客席は爆発した。


「え……!?」

「じゃああいつが……!?」

「七天神の部下が、こんな所に……!?」


そして――

ある一点に、視線が集中する。


アリーナ外周、選手控え席。


斧を無造作に肩に担ぎ、

足を組んで座っている男。


神の気をまるで隠す気もなく垂れ流している。


その男が、

観客の視線とざわめきを感じ取り――


肩をすくめて軽く笑った。


「……あーあ」


斧神は、楽しそうに口角を上げる。


「バレちゃったか」


その笑みは戦場に立つ者のものではない。


完全に狩人の目だった。


無い野と剣。

二つの殺意が交錯する中心。


――同時だった。


視線が交わった、その刹那。


剣と無い野は、

一切の予備動作もなく踏み込んだ。


――ドンッ!!


音が遅れて弾ける。


二人の姿は掻き消え、

次の瞬間には――


ギィィン!!


刀と拳が正面から噛み合った。


火花のように、

蒼の気と神の気が爆ぜる。


「……ッ!」


剣の刀が唸り、

無い野の拳が弾かれる。


だが無い野は後退しない。


踏み込み、回転、

蒼の気を纏った蹴り。


剣は最小限の動きで受け流し、

返す刃が無い野の頬を掠める。


――ズバッ!


血が舞う。


無い野は即座に距離を詰める。


二人の間合いは常に零距離。


拳、肘、膝、刃。

一撃一撃が致命打。


――ガガガガッ!!


衝突の度に、

アリーナの床が抉れ、砕け、吹き飛ぶ。


「速い……!互角だ……!」

「凄え……!」


観客席から悲鳴混じりの声が上がる。


一歩も譲らない。


剣が斬る。

無い野が殴る。


無い野が踏み込む。

剣が斬り結ぶ。


――ギン、ギン、ギン!!


刃と肉体がぶつかる度、

二人の足元が沈み込む。


誰もが悟った。


優劣が、存在しない。


翔馬が呟く。


「……互角……」


花野が震える声で続ける。


「……こんな……七天神の配下と……」


当て野が歯を食いしばる。


「まだだ……お互い本気は出していない……」


アリーナ中央。


剣と無い野は、同時に跳び退いた。


荒れ果てた床の中央で、

互いに構える。


蒼の気と神の気が、

再び膨れ上がる。


無い野は、静かに息を吸った。


次の瞬間――その身体がぶれた。


(またか……)


剣が即座に察知する。


無い野の輪郭が歪み、蒼の気が分裂する。


――人格分裂。


無い野が四体に増えた。


自我を持たぬ、

戦闘のためだけの“無い野”。


「無駄だ……!」


剣は一歩も退かず、刀身に神の気を集中させる。


――ギィィ……!


刀が、伸びた。


常識を超えた長さまで引き延ばされた刃が、

弧を描く。


「――斬ッ!!」


剣が振るう。


飛ぶ斬撃。


神の気を帯びた刃が、

地を裂き、空を切り裂き――


三体の無い野を飲み込んだ。


――ザンッ!!


次の瞬間。


上空に跳び上がっていた本体の無い野。


それ以外の胴体と下半身が、

綺麗に分かれた。


だが。


――ドォンッ!!!


切断された無い野が爆発した。


無い野に込められていた蒼の気が炸裂する。


「な――!?」


剣の目が見開かれる。


(これは……大平の……!)


爆煙がアリーナを覆う。


同時に――

無い野の本体が、地面に着地する。


――ズン。


そのまま、

煙の中へと消えた。


「……逃がすか!」


剣は即座に追撃。


再び刀身を伸ばし、

飛ぶ斬撃を放つ。


――ギュオォン!!


爆煙が、

一気に吹き飛ばされる。


だが――


「……っ!?」


煙の中から、二体の無い野が飛び込んできた。


左右同時。


剣は反射的に踏み込み、

刀身を最大まで伸ばし――


「死ねぇッ!!」


180度、全周を薙ぐ。


――ギン!!


一体は紙一重で回避。


だが――


もう一体は直撃した。


上半身と下半身が、再び分断される。


(チッ……ハズレか……!)


「だが、もう終わりだ……!」


剣は即座に視線を切り替える。


その背後。


本体の無い野が、

既に間合いに入っていた。


「お前がな。」


「馬鹿が!!」


剣は刀に、最大限の神の気を込める。


刃が白く輝いた。


カウンター。


首を狙う、必殺の一閃。


――ギィィィン!!


刀が、

無い野の首先へ到達した――


その、瞬間。


「……っ!?」


剣の背中に、

重み。


切ったはずの――

上半身だけの無い野が、

背後から羽交締めにしていた。


「……な……」


拘束。


刹那の、完全停止。


本体の無い野の拳が、

蒼の気を纏って炸裂する。


――ドォン!!


剣の身体が前方へ吹き飛ばされる。


そして――


羽交締めにしたままの偽物の無い野が、

剣を掴み続けたまま――


――ドォォンッ!!!


至近距離で爆発。


蒼の気が、アリーナを再び飲み込んだ。


観客席が、

言葉を失う。


「おい……!あれ……」

「あの距離で喰らったら……!」


煙の向こう。


決着が着こうとしていた。

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