第87話 準決勝

コロシアム中枢区画。

一般の観客は決して立ち入れない、重厚な回廊。


多死Rossは背後で静かに歩を合わせる執事と並び、歩いていた。


神の気が彼の足元に薄く滲んでいる。


「……保険は?」


前触れもなく、

多死Rossが口を開いた。


執事は即座に応じる。


「万全にございます。

無闘様も、F様、田野様と同じVIPルームにて拘束しております。

見張りも二重に配置しておりますので、問題はございません」


「そうか」


淡々とした返事。


しばし沈黙が流れ、

多死Rossは視線を前に据えたまま続ける。


「それより次に翔馬達と当たる相手だが……」


言葉が、

途中で止まる。


通路の角。


影が、

一つ、現れた。


足音は軽い。

だが、床に落ちる液体音だけがやけに生々しい。


――ポタ、ポタ。


血。


現れたのは、

一人の男。


肩に担ぐように持った斧は、

刃の先まで赤く染まっている。


「そいつらなら」


男は、

欠伸交じりに言った。


「もう死んだよ」


一瞬、

空気が凍る。


多死Rossの目が、

鋭く細められた。


「……お前は……」


その名を、

知っている。


執事は、

一歩前に出て、深く一礼した。


「これはこれは……貴方様も観戦をしに来られたので?」


男は鼻で笑う。


「観戦?」


斧を軽く振り、

血を床に飛ばす。


「馬鹿言えよ、俺も参加者だ」


多死Rossの神の気が一瞬だけ荒れた。


「……貴様、何のつもりだ」


男は肩をすくめる。


「おいおい、怖い顔すんなって、俺も無い野の抹殺を手伝ってやろうって言ってんだ」


「余計なお世話だ」


多死Rossは、

はっきりと吐き捨てる。


「ハハッ、多死Ross君かっこ良いじゃーん」


男は気にした様子もなく、

執事の方へ視線を向けた。


「まあとにかくさ、殺しちゃったからトーナメントの調整よろしくね」


まるで、

飲み物をこぼした程度の口調。


「ごめんね、めんどいでしょこういうの」


執事は微笑みを崩さずに頷く。


「承知いたしました。

調整は、こちらで対処いたします」


男は満足そうに手を振り、踵を返す。


「じゃ、俺は俺で動くから」


斧を担ぎ直し、通路の闇へと消えていった。


残されたのは多死Rossと執事。


数秒。


多死Rossは歯噛みするように低く唸った。


「……クソ野郎が……」


だが、すぐに口角を吊り上げる。


「まあいい」


神の気が静かに蠢く。


「こうなれば――漁夫の利だ」


執事が、

一瞬だけ視線を向ける。


「……では、手筈を進めておきます。」


多死Rossは、

愉快そうに続けた。


「あいつと無い野達がやり合っている隙にどちらも、まとめて殺してやる」


闘技場の奥で、

何かが確実に歯車を狂わせ始めていた。


「火事の息子は死んだ……7天神候補もな。

下界チームが予想以上に強くて助かったよ。

あいつが死んでも誰も不思議がらない。」


血と火と策謀が絡み合う夜が終わろうとしていた。


――翌日。


「おい!!起きろアホ無闘!!いつまで寝てんだよ!!」


耳元で響く、

やたらとうるさい声。


「……っ、うるせ……」


無闘は頭を押さえながら目を開けた。


全身が重い。

昨日までの反動が、まだ抜けていない。


「……F……?」


視界が定まると、

鎖で拘束されたままのFが、

身を乗り出すようにこちらを睨んでいた。


「やっと起きたかよ!どんだけ爆睡してんだ!

自分だけベットでスヤスヤ寝やがって!こっちは椅子だぞ!」


「おはよう無闘……」


Fの隣で田野が小さく挨拶した。


無闘はゆっくりと上体を起こそうとして――


「……っ!!」


走る激痛に、思わず歯を食いしばる。


(チッ……まだ全然動かねぇな……)


Fは呆れたように無闘を見る。

そして部屋の壁に掛かった時計を顎で示した。


「つーかさ、今何時だと思う?」


無闘は、

重い首を回して見る。


――11:30。


「……は?」


一瞬、思考が止まる。


「もうトーナメント始まってる時間じゃねぇか……!翔馬達の試合は!?」


「始まってるどころじゃない」


Fは妙に落ち着いた声で続けた。


「翔馬達、もう準々決勝終わってる」


無闘の眉が、ぴくりと動く。


「……は?マジで?」


「正確にはな」

「準々決勝、やってない」


「……?」


田野が言いにくそうに言葉を選ぶ。


「翔馬達の準々決勝の相手チーム――消えたんだよ」


無闘は、

一瞬で理解できなかった。


「……消えた?」


「そう、丸ごとだから不戦勝。いきなり準決勝進出」


嫌な沈黙。


無闘はゆっくりとガラス張りの壁へ視線を向けた。


VIPルームから見下ろす、

コロシアムのアリーナ。


――ざわめき。

――歓声。


ちょうど今、

選手入場が始まろうとしている。


「……始まるな」


無闘は、

目を細める。


「だから始まってんだよ馬鹿」


「そういう意味じゃねえよ!翔馬達の試合のことだよ!」


無闘とFがお互いに睨み合いになる。


「喧嘩しないでよ……」


だが。


「……おかしい」


「何が?」


Fが、

怪訝そうに聞く。


無闘は、

アリーナを凝視した。


翔馬達のチームは翔馬、無い野、花野、当て野の四人。


そして、

向かい側。


「……相手、二人しかいねぇ」


Fも気づく。


「……ほんとだ、他はもう戦闘不能なのかな?」


しかも。


その二人から放たれる気配は、

明らかに異質だった。


遠目からでも分かる。


空気が歪んでいた。


「別格だな……」


Fが無意識に唾を飲み込む。


無闘は鎖に繋がれたまま拳を握りしめた。


(あいつら……俺が戦った奴らよりも多分……)


“在り方”そのものが、

今までの相手と違う。


「翔馬……がんばれ……」


視線は、

アリーナに立つ仲間達から離れない。


無闘、F、田野。


三人は、言葉を失ったまま――


始まろうとする準決勝を、固唾を飲んで見守っていた。

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