第86話 夜襲
――痛い。
最初に無闘が感じたのは痛みだった。
全身を、鈍く、深く蝕む激痛。
「……っ」
声を出そうとして、
喉が焼けつくように痛む。
無闘は、
ゆっくりと目を開けた。
天井が見える。
豪奢だが、
どこか無機質な天井。
「……ここは……」
起き上がろうとした瞬間。
ズキン――!!
背骨に直接刃を突き立てられたような痛みが走り、
無闘は息を詰まらせた。
「ぐ……っ……!」
身体が、動かない。
いや――
動かせない。
視線を下げてようやく気づく。
両腕、両脚、胴。
黒光りする鎖が、
ベッドごと無闘を拘束していた。
「……鎖?」
思考が、
ようやく回り始める。
(最後の記憶は……)
トーナメント。
観客の歓声。
そして――
(大平……)
死力を尽くした、
あの戦い。
祝福を削り合い、
互いに限界を超えた死闘。
そこまで思い出したところで。
「――お目覚めですか」
静かな声が、
すぐ近くから響いた。
無闘は、
反射的に顔を向ける。
そこに立っていたのは――
あの男。
整った身なり。
穏やかな微笑。
だが、
底の見えない眼。
「…お前……執事……」
無闘が低く呟く。
執事は、
一礼する。
「ご気分はいかがでしょう。
少々……いえ、かなり無理をなさっていた様ですので」
「……ここはどこだ」
無闘は、
短く問いかけた。
執事は、
当然のように答える。
「多死Ross様が用意された特別なVIPルームでございます」
その言葉に、
嫌な予感が背筋を走る。
その直後。
「ねぇ!起きるの遅すぎ!」
少し離れた場所から、
聞き覚えのある声。
無闘は、
目を見開き、そちらを見る。
そこにいたのは――
同じように椅子に鎖で拘束された、
F。
そして、
もう一人。
「……田野……!」
ベッドの向かい側。
同じく椅子に拘束され、
しかし意識ははっきりしている田野の姿。
「無闘……生きてたか」
田野は、
安堵と緊張が入り混じった声で言った。
無闘は、
状況を一瞬で理解する。
(やっぱりこいつら捕まってたか……それで俺も……)
しかもただの拘束ではない。
(この鎖……気を乱す祝福かなんかが組み込まれてる……Fが居るのに素直に拘束されてんのはこれか)
「……トーナメントは」
無闘が問いかける。
執事は、
にこやかなまま答えた。
「ご安心下さい……先程花野様が3人を倒すという大活躍を見せ、無事準々決勝に進出しました。」
一拍置き。
「準々決勝は明日の10時からとなります。
今日は此処に滞在し、明日にお三方が特等席で観戦できる形でご案内できるかと」
その言葉に、
Fが歯噛みする。
「明日……!?あんた達鎖で拘束したまま明日までこの部屋にずっと閉じ込めとくつもり!?」
執事は、
微笑みを崩さない。
「大変申し訳ございません、多死Ross様の命令により、拘束を解除する訳にはいきません。」
「ケチ!馬鹿!アホ!」
「緊張感ねえな……」
無闘と田野は呆れながら目を合わせた。
⸻
神兵に囲まれ、
翔馬たちは宿泊区画へと歩いていた。
担当の神兵が先頭を歩き、自分達の部屋へと案内する。
長い通路。
淡く蒼く光る紋様が、壁を流れている。
翔馬は、
ふと周囲を見渡した。
「……あれ?」
足が、止まる。
「無い野は?」
花野と当て野も、
同時に立ち止まった。
「……ほんとだ、さっきまで後ろに――」
当て野が、
小さく舌打ちする。
「またか……団体行動が出来ないのか?」
翔馬は、
苦笑しつつも目を伏せる。
「……あいつらしいっちゃ、らしいけどさ」
花野は、
少しだけ表情を曇らせた。
「無闘も、Fも、田野も……誰が無事かも分からないのに」
沈黙。
通路の奥で神兵が振り返る。
「こちらです。お部屋は一人ずつとなります」
翔馬達は割り当てられた部屋の前で足を止めた。
当て野が、
小さく息を吐いた。
「……心配しても、今はどうにもならん。
とにかく俺達は勝ち進むしかない。」
翔馬は拳を握る。
「ああ。」
花野は静かに頷いた。
「だから……今は勝つぞ。」
三人の視線が一瞬だけ交わる。
言葉はいらなかった。
翔馬は、
扉の前で立ち止まり、
「……絶対に勝つ」
低く、だが確かな声で言った。
花野は一歩引き、微笑む。
「明日も――生きて会おう」
重い扉が一つずつ閉じていく。
その先に、
それぞれの夜が待っていた。
そして――誰にも気づかれず、
無い野だけが、
すでに別の場所へと向かっていた。
――同じ頃。
コロシアムの反対側。
翔馬たちの部屋とは
壁を隔てて真逆の位置にある区画。
明日、準々決勝で翔馬たちと当たる予定の相手チームの控室。
そこには、
生き残っていた三人が集まっていた。
「……正直、無闘が脱落したのは助かったな」
「だが、花野とかいう植物使い……厄介だ」
「無い野もいる、あいつの実力は未知数だぞ」
苛立ちと焦りが、
言葉の端々に滲む。
「今日中に奴らの対策を練らないと――」
コン。
乾いたノック音。
「……?」
一人が、
警戒しながら立ち上がる。
「誰だ?」
返事はない。
「……チッ」
一人がドアに近づき、
鍵を外す。
ガチャ――。
扉を開けた、その瞬間。
――ズバッ。
音もなく、
首が飛んだ。
胴体が、
一拍遅れて崩れ落ちる。
「……は?」
室内にいた一人の前に、
回転しながら何かが飛んでくる。
反射的に――
キャッチしてしまった。
「……あ……?」
両手に残る、
生温かい感触。
見下ろして、
理解する。
「え……うああああああ!!!」
絶叫。
その瞬間。
背後。
「……うるさい」
低く、
冷え切った声。
次の刹那。
――ザシュッ。
喉が、
横一文字に裂かれた。
声は、
泡となって潰れる。
床に倒れ伏す二つの死体。
残されたのは、
最後の一人。
部屋の隅で、
腰を抜かし、後ずさる。
「な……なんだお前……!目的は……なんだ……!」
闇の中から、
ゆっくりと姿を現す影。
手には、
血を滴らせる斧。
刃には、
まだ熱が残っている。
「目的?」
影は、
小さく首を傾げた。
「どうせお前らは無い野達に殺される」
淡々と。
「準々決勝なんて時間の無駄だろ。」
最後の男が、
泣き叫ぶ。
「ま、待て……!何でもするから……!」
影は、
何も言わない。
ただ、
斧を振りかぶる。
――ブンッ。
絶叫が、
夜に溶けた。
その声をただ一人。
真夜中のコロシアム屋上。
縁に腰を下ろし、夜風に髪を揺らしながら無い野だけがそれを聞いていた。
「………」
彼はコロシアムを見下ろす。
「………この気配……」
誰に言うでもなく、
そう呟いた。
血の匂いが、
確かに――
コロシアム全体に広がり始めていた。
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