第85話 土葬
炎が、ゆっくりと収束していく。
アリーナは赤熱し、
焦げた床の中央には――
黒焦げの人影が、倒れたまま動かない。
誰の目にも、
決着は明らかだった。
残火は、一度だけ息を吐き、
興味を失ったように背を向ける。
そして――
司会席へ、軽く手を上げた。
それだけの合図。
司会が、ゴクリと喉を鳴らす。
『あ……しょ、勝者は――』
一拍。
『神界北・残火(ザンカ――』
――その瞬間。
フッ……
音もなく。
アリーナを覆っていた炎が、
一斉に消えた。
爆炎も、熱風も、
焼けつく空気も。
まるで最初から存在しなかったかのように、
完全に――鎮火。
『……え?』
司会の声が、
途中で途切れる。
観客席が、ざわめく。
「今……炎消えた?」
「残火が消したのか……?」
「いや、違う……」
残火は、
その異変に気づいていた。
ゆっくりと振り返る。
(……鎮火?)
自分の炎が、
意思を持たずに消える事などあり得ない。
視線の先――
黒焦げの死体。
その足元から。
スゥ……
蒼の気が、
霧のように立ち上っていた。
「……!」
残火の目が、
わずかに見開かれる。
次の瞬間。
――パキ、パキッ。
炭化した外殻に、
無数の亀裂が走る。
「……まさか」
バキィィッ!!
黒焦げの表皮が、
内側から砕け散った。
蒼の光が、
炎の名残を押し退けるように広がる。
黒ではない。
燃えてもいない。
枯れた大地が混ざる色をした濁った蒼。
花野が――
花野だったものがゆっくりと、立ち上がった。
蒼の気だけが、
異様な密度で脈打っている。
会場が、
完全に沈黙する。
「……生きてる?」
「いや……あれ……生きてるのか……?」
「なんか顔とかにヒビ入ってるぞ……」
残火は、
その姿を見据えたまま動かない。
(何だこいつは……何か植物を……いや、あの時植物どころか奴の肉体は炭と化し確実に死んだはず)
直感が、
別の答えを告げる。
(植物ではなくこいつ自身が……)
花野の口が、
僅かに動いた。
声は、低く、枯れている。
「MODE反転……」
一歩。
床が、軋む。
「……枯れ野。」
蒼の気が、
静かに、だが確実に広がる。
残火は、はっきりと笑った。
「……なるほど」
炎を再び灯しながら、
一言。
「MODE反転……ね。」
花野の蒼が、
名を持って応える。
――MODE反転・枯れ野
生を失い、
それでも倒れぬ存在。
残火は笑みを消し、内の気を高める。
目の前に立つそれを、
もはや人として見ていない。
「無闘といい……そんな簡単にMODEを発動されちゃこっちの立つ背がないな。」
低く呟き、
体内の炎をさらに解放する。
ゴォ……ッ
次の瞬間。
残火の周囲に揺らめいていた炎が、
一段階、質を変えた。
炎は蒼色へと変色し、
空気そのものを焼き歪める。
観客席から、
悲鳴に近い声が上がる。
「な、なんだあの炎……!」
「熱が……離れてるのに……!」
「あいつらから離れろ!巻き添え喰らうぞ!」
『観客席にまで火が……!!観客達が続々と逃げ出しています!何て出力だ!!』
残火は、
静かに言った。
「出力、五割」
その声に、
花野が一歩、前へ出る。
ひび割れた顔のまま、
低く、忠告するように。
「……やめておいた方がいい」
残火は、
一瞬だけ眉を動かし――
次の瞬間には、
腕を振り抜いていた。
「死ね。」
ドンッ!!
蒼色の爆炎が、
一直線に花野を飲み込む。
轟音。
閃光。
衝撃波。
アリーナ全体が、
爆発に包まれた。
「終わ――」
誰かがそう口にしかけた、
その刹那。
――スゥ。
爆炎が。
一瞬で、消えた。
まるで掃除機に吸い取られたように力なく霧散し、姿を消した。
「………!?」
残火はいきなりの出来事に動揺する。
視線の先。
そこには、
立っている。
爆心地に、
何事もなかったかのように。
花野が。
『消えた……!残火の炎が一瞬で消えました!これは花野の祝福なのか!?』
蒼の気が、
先ほどよりも濁り、
重く、沈んだ色へと変わっている。
「お前……今何を……」
花野は、
静かに言った。
「……花はな」
一歩。
「枯れる時が」
さらに一歩。
「……最も、美しい」
次の瞬間。
――ドン。
音もなく、
空間が閉じた。
「悪いな、火葬が好みなんだろうが……」
花野を中心に、
濁った蒼の気と枯れた植物がドーム状に広がり、
内側の光景を完全に遮断する。
「ご希望には添えない。」
「な――!」
ドームに花野と残火が閉じ込められる。
観客からは、
中が一切見えない。
「またあのドームだ……!」
「でも……なんか色が違くねえか……!?」
「違う!あいつの作った花が全部枯れてるんだ!」
乾き、既に生涯を終え死に体と化した花の集合体。
植物の墓場。
花野の声だけが、
内側から、淡く響いた。
「――dry Flower Garden」
ドームの内部で、
何が起きているのか。
誰にも、分からない。
時間にして、
ほんの数秒。
――パキ……。
乾いた音が、
内側から響いた。
そして。
ガラガラ……
ドームが、
崩れ落ちる。
中から現れたのは――
一体の人影。
だが、それは。
肌は干からび、
肉は痩せ落ち、
目は落ち窪み。
全身の水分を奪われた、
ミイラのような姿。
「……え……あれって……」
「まさか……あのミイラ……」
会場が、
完全に沈黙する。
誰も、
声を出せない。
花野は残火だったものの正面に立ち蒼の気を静かに収束させる。
「土に還るといい。」
ミイラは枯れ落ちた花びらのように地面に倒れ、そのままバラバラに崩れた。
花野はひび割れた顔のまま、司会の方を向き
そして――
司会席へ、軽く手を上げる。
先程の残火と同じ様に。
司会は、
震える手でマイクを握るが、
言葉が出てこない。
勝敗は――
もはや、明白だった。
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