第84話 黒焦げ

炎に追われながら、

花野は必死に走っていた。


足元から伸びる蔓で熱風を遮り、

花弁を盾にして炎をいなしながら、

アリーナを縦横無尽に逃げ回る。


(一回でも直撃したら終わる!)


一瞬でも止まれば、焼かれる。


呼吸が荒れる。

汗が、一瞬で蒸発する。


まるでアリーナは蒸し焼き状態だった。


『花野、逃げるしか出来ない!完全に防戦一方だ!!』


残火は、歩きながらそれを眺めていた。


(……効き目が悪いな)


炎を纏ったまま、黒く変色した花野の植物を見ながら思考する。


(防御に使っているあの植物……詳細は分からないがどうやら熱に強い植物の様だな……しかも蒼の気で覆って強度を底上げしている)


一歩、踏み出す。


炎が、さらに濃く燃え上がる。


(いや……何を考える事があるんだ……状況は俺の圧倒的有利……現にあいつは防戦一方)


残火の神の気が、明確に変質した。


圧が、跳ね上がる。

熱が、質を変える。


「火力と範囲を上げれば問題はない。」


「――ッ!やば――」


次の瞬間。


ドォォォン――!!


アリーナ全域に、灼熱の波が解き放たれた。


地面が赤く染まり、

空気が歪む。


花野の植物が、

一気に焼き払われていく。


「くっ……!」


花野は跳び退きながら、

最後の蔓を盾に転がる。


――その時。


残火の足元。


ゴゴ……ッ。


「……?」


地面が、動いた。


次の瞬間。


ズバァァッ!!


地中から、無数の植物が一斉に噴き上がる。


太く、硬い枝。

燃えにくい殻を纏った蔓。


それらが、

残火の脚、腕、胴体へと絡みついた。


「……!?何だこれは……!?」


観客が、どよめく。


「地面から……!?」

「いつの間に……!?」

「てか残火の炎で燃えてねえぞ!」


花野は、息を整えながら、立ち上がった。


「……やっと芽が出たか」


残火が、絡みつく植物を見る。


『植物です!!地面から急激に成長した植物が残火の体を拘束しています!!』


「……種か」


花野は、静かに答える。


「バンクシア」


「火災が起きないと発芽しない植物だよ、少し僕なりに改造してるけどね。」


逃げ回っていた理由。

防戦一方に見えた動き。


それは――


「炎系の祝福者と当たった時用に作ったんだよ、自身の弱点を対策しない訳ないだろ。」


花野の蒼の気が、再び静かに広がる。


アリーナ全域。

炎で炙られ続けた大地。


そこに眠っていた無数の種が、

今、一斉に目を覚ました。


燃えたからこそ、

咲いた庭。


残火の身体は、

無数の耐熱植物に絡め取られていた。


(これは……俺の炎が……神の気が植物に吸収されている……?)


脚。

腕。

胴。


残火の動きが止まる。


(よし、効いてる!)


その隙を――

花野は、逃さない。


蒼の気が、鋭く跳ね上がる。


蔓が締まり、

枝が突き刺さり、

花弁が刃となって残火へ殺到する。


拘束。

圧殺。

穿孔。


一斉攻撃。


『捕らえたか!?ついに花野が反撃に――!!』


だが。


残火は、一切慌てなかった。


「これで対策……しているつもりなのか?」


低く、淡々とした声。


「頭まで花畑の様だな。」


次の瞬間。


――バチッ。


残火の神の気が、

先程とは比較にならない密度で膨張した。


存在そのものが、灼熱へと変わる。


ゴォォッ――!!


絡みついていた植物が、

抵抗する暇もなく――


塵になった。


「……なっ!?」


花野の視界が、

一瞬で白く焼ける。


アリーナ全体に、

パチ、パチ、と音が走った。


「あれ……?なんか風が……」

「おい!結界機能してんのかこれ!?」

「熱っ……!熱風がこっちまで来てるぞ!」


次の瞬間。


ボウッ!!


アリーナ、壁、観客席最前列――


自然発火。


『なっ……!?観客席が燃えてる!?何て出力だ!!』


異常事態。


「離れろ!蒼鎧で守れ!」


当て野が叫ぶ。


翔馬と当て野は蒼鎧を展開し、何とか身を守ろうとする。


「ヤバい……!!花野が!!」


そして――


「――ッ、あ゛……!」


花野の身体に、

炎が纏わりついた。


耐熱植物が塵と消え、剥き出しになった肉体が灼かれる。


皮膚が焼ける。

息が出来ない。


花野は膝をついた。


「く……っ、ぐ……!」


残火は、

ゆっくりと歩み寄る。


残火が近づくたびに周囲の熱が上がる。


燃え盛る炎の中、

その姿は歪まない。


「遊ぶような真似をして悪いな」


どこか、

軽い調子で。


「だが――」


花野を見下ろし、

残火は告げる。


「先程の火力は俺の全力の……十分の一程度だ」


焼け焦げる花野の瞳が、

僅かに見開かれる。


「ッッ……!ぐ……ま、待て……!」


次の瞬間。


残火は、

両手を軽く広げた。


「炭となれ。」


それだけ。


ドォォォォォォン――!!!


アリーナ全体が、

爆炎に呑み込まれた。


床も、

空気も、

視界も。


すべてが炎に包まれる。


「う、うわぁぁぁぁ!!熱い熱い!逃げろ!」

「見えねぇ!!煙が!」

「これ……生きてるのか!?」


『…………!!』


司会の声すら、

炎に掻き消される。


結界が、

軋む音を立てた。


炎が、ゆっくりと収束していく。


アリーナは赤熱し、

焦げた床の中央には――

黒焦げの人影が、倒れたまま動かない。


誰の目にも、

決着は明らかだった。

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