第68話 開催
神界――
歪んだ空間の裂け目に、二つの影が並び立っていた。
「多死Ross様も……お優しいお方ですね」
先ほどまで翔馬達の前に現れていた、
あの執事姿の男が、静かに言葉を紡ぐ。
「無い野様達を“楽に”抹殺する方法など……
いくらでもあったでしょうに」
多死Rossは、気だるそうに肩を鳴らした。
「ふん」
視線の先には、下界がぼんやりと映っている。
「すぐに殺すなんて、面白くも何ともないだろ」
口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。
「追い詰めて、足掻かせて……
その末に壊すからこそ、価値がある」
執事は目を伏せ、静かに微笑んだ。
「……さすがでございます」
その声には、忠誠と同時に、
確かな“畏怖”が滲んでいた。
「では……大会の日を、心より楽しみにしております」
「俺もだ」
多死Rossは低く笑い、空間の裂け目が閉じていく。
次の瞬間、
神界は再び、静寂に包まれた。
⸻
一方――
下界。
神界高校から離れた、人気のない場所。
翔馬、田野、無闘、Fは合流し、
互いの情報を一気に交換していた。
「……抹殺斗が、死んだ?」
翔馬の声が、わずかに震える。
「ああ」
無闘は短く頷いた。
「“執事”にやられたと言い残してな……」
場の空気が、重く沈む。
「……つまり」
翔馬が拳を握る。
「今回は、無い野や翔馬達だけじゃない。
関わる者全員皆殺しって訳だ。」
「かなりやばいねー……」
Fが低く答える。
「しかも、遊び感覚でな」
その時だった。
気配が、三つ。
「遅れて悪い」
現れたのは、当て野。
その隣に、花野。
そして――
最後に姿を見せたのは、
無い野だった。
一同の視線が、自然と集まる。
当て野と花野に事情を話した後、
翔馬が切り出した。
「それじゃあ大会に出る五人を決める」
誰も、異論はなかった。
しばしの話し合いの末。
名前が、並ぶ。
翔馬。
無い野。
当て野。
花野。
無闘。
その五人。
「……まあこれがベストメンバーだな。」
無闘が頷く。
「俺は、最後まで付き合う」
花野も、静かに微笑んだ。
「だね。」
当て野は肩をすくめる。
「どうせ避けられないなら……正面から行く。」
無い野は黙って立っていたが、やがて笑みを浮かべた。
「こんな話し合いなど何の意味もない……俺が全員殺してしまうからな。」
翔馬は、その言葉を受け止め、前に出る。
「10日後だ」
拳を握りしめる。
「それまでに、俺達は――
神に勝てる存在になる」
誰も、笑わなかった。
だが、全員の目に、迷いはなかった。
(与志野……先生……皆んな……見ててくれ……)
十日間の修行。
そしてーー
大会当日。
神界高校の校門前に、皆は揃っていた。
翔馬。
無い野。
当て野。
花野。
無闘。
F。
田野。
無い野が沈黙を破る。
「フン……お前ら……何しに来たんだ?応援でもするつもりか?」
視線の先にはF、田野。
Fと田野も反論する。
「別に良いだろ来たって……」
「フン、あんたが真っ先に死ぬように応援しとくよ。」
「F……貴様から殺してやろうか?」
翔馬がお互いを宥める。
「おいおい無い野……」
5人は、この十日間で明らかに変わっていた。
纏う気配、立ち姿、目の奥の光――
だが誰一人、その変化を口にはしない。
静寂を破ったのは、
ギィ……
という、錆びた音だった。
閉ざされていたはずの校門が、ひとりでに開く。
その向こうから現れたのは、
あの執事だった。
黒の礼服、完璧な姿勢、穏やかな微笑。
「皆様、お待ちしておりました」
深く一礼し、続ける。
「本日は神界七天神トーナメントへのご参加、誠にありがとうございます」
その口調は、まるで式典の案内役だ。
「では――
観戦者の皆様も含め、ご案内いたしましょう」
執事は踵を返し、校舎内へと歩き出した。
一同は警戒しながらも、その後に続く。
校舎の中は、異様なほど静かだった。
足音だけが、やけに大きく響く。
そして――
入ってすぐの場所。
「……トイレ?」
当て野が呟く。
案内されたのは、ごく普通の学校のトイレだった。
翔馬は、ふと気づき、執事に視線を向ける。
「……入口は、あの掃除用具入れじゃないのか?」
執事は足を止め、振り返る。
表情は変わらない。
「良い質問でございます」
そして、淡々と説明する。
「神界と下界を行き来する際、
この校舎内のランダムな扉へと転移される仕組みになっております」
一同が息を呑む。
「前回は、たまたまあの掃除用具入れだっただけです。」
執事は、トイレの扉に手を掛ける。
「――そして今回は、こちらです」
カチャ。
扉が開いた瞬間。
空気が、変わった。
一歩、足を踏み入れた瞬間――
視界が、ひっくり返る。
「……んだこれ……」
無闘の声が、かすれる。
そこにあったのは、
トイレなどではなかった。
果てが見えないほど広大な空間。
円形に広がる巨大な闘技場――
コロシアム。
天井はなく、
空には歪んだ神界の光が渦巻いている。
そして。
観客席。
無数。
数え切れないほどの存在が、
ぎっしりと詰め込まれていた。
神界人。
そのすべてが、五人を見下ろしている。
次の瞬間。
「――下界人だァァァ!!」
「殺せ!!」
「どこまで足掻けるか見せてみろ!!」
怒号。
嘲笑。
殺意。
言葉そのものが、
物理的な圧力となって叩きつけられる。
無闘が、歯を食いしばる。
「……クソが……」
当て野は舌打ちし、笑った。
「歓迎されてないな。」
無い野は、観客席を見上げ、静かに言う。
「……フン。」
翔馬は、一歩、前に出た。
拳を握りしめる。
「――上等だ」
視線は、ただ一点。
この狂った舞台の中心を、見据えていた。
こうして――
神界七天神トーナメントは、
ついに幕を開ける。
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