第62話 速度と出力
――少し前。
無い野と翔馬が、死力を尽くして激突していた頃。
崩れた地面の先で、
一人の男が、うつ伏せに倒れていた。
多い死。
呼吸は荒く、指先は地面を掻いている。
――負けた。
無闘に、完全に。
「……クソ……」
立ち上がろうとして、力が入らない。
その時だった。
影が、覆い被さる。
冷たい気配。
振り返るより先に、多い死は悟った。
「……蒼気……」
蒼気は、静かに立っていた。
いつもの穏やかな表情ではない。
任務を遂行する者の、無機質な顔。
「……何処へ行っていた……!」
多い死は、声を張り上げる。
「早く……無い野の所へ……!」
だが。
蒼気は、動かなかった。
ただ一言。
「――野神様から、命令が下った。」
空気が、凍る。
「無い野に紐づく人格、
その“全て”を抹殺せよ、とな。」
多い死の喉が、鳴った。
言葉を失い、数秒。
そして――
「……なるほどな」
多い死は、乾いた笑いを零した。
「俺を……売ろうとしたな?」
蒼気の声は、低い。
多い死は、否定しなかった。
しばらく沈黙した後、ぽつりと言う。
「……そもそもだ」
多い死は、空を見上げる。
「無い野に、野神様を殺させるなど不可能だ」
蒼気の視線が、鋭くなる。
「……あんたも知ってるだろう。」
「神界には、7天神と3剣神がいる」
「俺らが何をしようと……勝ち目なんて、最初から無い」
多い死は、かすかに笑った。
「だから……」
「俺は……生き残れる方に賭けただけだ……」
沈黙。
蒼気は、ゆっくりと息を吐いた。
「……なるほどな」
一歩、踏み出す。
「私と無い野を“手土産”にして……」
「お前だけ、神界へ戻るつもりだったわけか」
多い死の瞳が、揺れる。
「………最後に……息子に会いたかった。」
だが、蒼気はもう聞いていなかった。
「――残念だ」
掌に、蒼の気が集束する。
「裏切り者に、居場所は無い」
「蒼気――」
言葉は、最後まで届かなかった。
蒼の閃光。
音もなく、衝撃もなく。
多い死の存在が、
“削除”された。
「………無い野……」
自分に言い聞かせるように呟き、
踵を返す。
向かう先は、一つ。
無い野と、翔馬。
――そして現在。
――ドンッ!!!!
衝撃は、音を置き去りにする。
爆風が遅れて広がり、
地面が何層にも剥ぎ取られていく。
蒼気は、空中で体勢を立て直した。
(この威力……!本気の私と同格……いや!)
翔馬は、追撃する。
瞬間移動ではない。
距離という概念を踏み潰すほどの超高速移動。
(それ以上!!)
蒼気は、直感だけで回避した。
だが――
避けたはずの場所が、砕ける。
「……っ!」
蒼気の肩が抉られ、蒼が舞う。
初めて、
蒼気の顔から余裕が消えた。
「くどい………!!」
蒼気は、深く息を吸う。
蒼の気が、身体の内側で圧縮されていく。
爆発ではない。
拡散でもない。
一点集中型の自己強化。
「ならば……」
地面を踏み抜く。
「私も……限界を超える!!」
次の瞬間。
蒼気の身体が、青白く発光した。
筋肉、骨格、神経。
すべてが蒼の気と完全に同調する。
長年、誰にも見せなかった“蒼の気の極致”。
翔馬が、わずかに目を細める。
「……それがあんたの本気か。」
蒼気は、笑った。
「まあな……」
一瞬。
二人の姿が、同時に消える。
拳、肘、蹴り、衝突。
純粋な肉体戦。
だが一撃一撃が、
一帯を消し飛ばす威力を持つ。
無い野は、理解した。
(……これが神の戦い……)
蒼気の拳が、翔馬の腹部にめり込む。
空間が折れ曲がり、
衝撃が何重にも遅延して炸裂する。
だが翔馬は、崩れない。
「なっ……!!?」
逆に、蒼気の胸元へ掌を当てた。
「あんた……何がしたいんだよ。」
静かな声。
「無い野を利用して……次は俺を利用しようとして……次はどちらも抹殺……」
蒼気の瞳が、揺れる。
「私は……野神様の望んだ世界を……」
「なら何故無い野を使おうとする。」
蒼気は明らかに動揺していた。
「16年間……俺を殺すチャンスがあったのに何故殺さなかった?人格分裂の時は?」
「黙れ……お前を殺して私は次へ進む……!私は――」
「あんたの進んだ先が……
地獄でない保証は、どこにもない」
蒼気が翔馬を凝視する。
「地獄に行く覚悟は出来てるか?」
「何……?」
翔馬は、拳を握りしめる。
「俺は出来てる。」
蒼の気が、さらに圧縮される。
身体が限界を超えて軋む。
蒼気は悟った。
(こいつは……!もうさっきまでの翔馬じゃない!)
蒼気は目の前の才能に未だ動揺しながらも瞬時に距離を取り、構える。
心臓が鼓動を加速させる。
思考を蒼が塗りつぶしていく。
「………」
蒼気は、翔馬を真っ直ぐ見据える。
「神を殺すか……翔馬……」
蒼の気が、臨界を超える。
(私は野神様の為……いや……違う……私は……)
蒼気の身体が、光に包まれた。
それは、自己崩壊寸前の兆候。
(私の………望んだ世界……)
無い野の喉が、鳴る。
「あの光……まさか蒼気は……!」
蒼気は、振り返らなかった。
ただ、前を見る。
翔馬だけを。
そして――
蒼気は、一歩、踏み出した。
「final form。」
その言葉と同時に、
周囲の空間が、悲鳴を上げた。
蒼の気が、物理法則を押し潰す。
翔馬は、正面からそれを受け止める。
否。
受け止めた筈だった。
次の瞬間。
翔馬の背後。
拳が、振り抜かれた。
――衝突。
空が、割れる。
翔馬は吹き飛ばされるが、
即座に空間を蹴り、体勢を立て直す。
(さっきより数段速い……!)
翔馬は踏み込む。
両者の速度が重なる。
正面衝突。
衝撃波が、何重にも連なって爆散する。
蒼気は、両腕を大きく広げた。
体内に蓄えた全ての蒼の気が、外へと解き放たれる。
――圧。
空間そのものが押し潰され、
地平線が歪む。
「全ての蒼の気を……ここで開放する!!」
蒼気の声が、轟音に掻き消える。
蒼の奔流が、波ではなく“壁”となって翔馬へと押し寄せた。
逃げ場は、ない。
「来い!!来てみろ翔馬!!」
だが――
翔馬は、踏み込んだ。
否。
消えた。
次の瞬間、蒼の壁の“内側”に、無数の残像が走る。
(馬鹿な!速すぎる!)
蒼気の認識が、追いつかない。
翔馬は、止まらない。
加速、加速、加速。
蒼の圧力を踏み台にし、
衝撃を推進力へと変換する。
「――まだ……!」
翔馬の身体が、光を引き裂く。
空間が歪み、時間が遅れる。
それでも。
翔馬は、さらに速くなる。
(……!ダメだ!見えん!)
蒼気は歯を食いしばった。
「なら……!」
蒼気は、自らの身体を“核”にした。
蒼の気を、拡散ではなく収束。
爆発寸前まで圧縮されたエネルギーが、
身体の輪郭を失わせる。
「ハァァアァァァ!!!」
その瞬間。
翔馬は、蒼気の懐へ入った。
「――関係ない!」
拳が、振り抜かれる。
蒼気のエネルギーと、翔馬の速度が正面衝突する。
世界が一瞬、無音になった。
次いで――
空が、砕けた。
衝撃波が、円形に広がり、
雲が裂け、地表がめくれ上がる。
蒼気は、後退する。
「……っ!」
肩から、蒼の光が零れ落ちた。
翔馬も蒼の気の爆発により遥か彼方に吹き飛ばされた。
だがすぐさま体勢を立て直し、速度の中に姿を消した。
翔馬は止まらない。
もう一歩。
さらに一歩。
速度が、思考を追い越す。
(まだだ……)
(止まるな……!)
無数の連撃が蒼気に猛威を振るう。
だが蒼気は退かない。
「……ッッ!この程度……!」
蒼の気が、再び膨張する。
出力の限界を、無視した解放。
自己崩壊すら覚悟した、全力。
二人は、同時に踏み込んだ。
速度と出力。
互いの存在を消し去るための、真正面衝突。
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