第63話 2重
翔馬は、止まらない。
一歩ごとに、世界が置いていかれる。
蒼気の視界に映る翔馬は、もはや人の形すら保っていなかった。
重なり合う残像。
時間差で追いつく衝撃。
(……全く見えない……!)
蒼気は、蒼の気を感知に回す。
視覚を捨て、
気配と波動だけで位置を捕捉する。
――だが。
それすら、追いつかない。
翔馬は加速し続けている。
一定の速度ではない。
上限が存在しない。
踏み込むたび、
身体が悲鳴を上げるたび、
それを超えていく。
無限の速度。
「くっ……!」
蒼気の防御が全く追いつかない。
肘が、脇腹に突き刺さる。
ドン――!
空気が折れ、蒼気の身体が横に吹き飛ぶ。
「……っ!!」
蒼気は、空中で体勢を立て直す。
だが次の瞬間。
背後。
翔馬の拳が、すでに振り抜かれていた。
「な――」
衝撃。
背中から、蒼が噴き出す。
蒼気は、理解した。
(速度差が……広がっている……!)
追いつけない。
反応が、遅れる。
蒼気は、出力を上げる。
蒼の気を無理やり神経に流し込み、
反射と思考を引き上げる。
――それでも。
翔馬は、さらに速い。
世界が、翔馬の基準で進んでいる。
蒼気の動きが、
遅回しのように見え始める。
(馬鹿な……!)
(final formの私が……!)
翔馬は、蒼気の正面に立っていた。
いつの間にか。
「遅い。」
低い声。
蒼気は反射的に拳を前に突き出す。
だが翔馬は消え、拳は残像を捉えた。
次の瞬間。
蒼気の頬が、音もなく歪む。
衝撃は、遅れて来た。
ゴォンッ!!
蒼気は、地表へと叩き落とされる。
大地が割れ、
蒼の爆煙が立ち上る。
翔馬は、空中で静止する。
視線は、落下地点へ。
蒼気は、瓦礫の中で立ち上がろうとしていた。
だが――
膝が、震える。
(………意識が……!飛ぶ………!)
(何という………パンチだ……!!)
蒼気の胸に、
初めて、はっきりとした焦りが宿った。
翔馬は、静かに告げる。
「置いていくぞ。」
それは、宣告だった。
次の瞬間。
翔馬の姿は、再び――消えた。
「――ッッ!!」
蒼気は、ゆっくりと両腕を広げた。
その瞬間、町全体の空気が沈む。
風が止まり、
音が死に、
蒼の気だけが世界を満たしていく。
足元の地面が、音もなく浮き上がる。
瓦礫、アスファルト、建物の破片――すべてが蒼の気に引き寄せられ、宙で崩壊していく。
(これは………!)
翔馬は直感した。
これは“攻撃”ではない。
殲滅だ。
町ごと、
存在ごと、
消し飛ばすつもりだ。
蒼気の背後に、巨大な蒼の球体が形成されていく。
否――球体ではない。
圧縮されたエネルギーの塊。
近づくだけで肉体が崩れる密度。
半径数百メートル。
中心に触れれば、原子レベルで分解される。
「これが避けれるか……!翔馬……!」
蒼気が轟音の中、叫ぶ。
「この町と共に消えろ!」
蒼の球体が、脈打つ。
町が、悲鳴を上げた。
荒廃した建物の壁に亀裂が走り、
ガラスが粉々に砕け、
遥か遠くで人々の叫び声とサイレンがかすかに聞こえる。
無闘が、歯を食いしばる。
「……まずい……あれは……」
花野が、震える声で呟いた。
「……世界を巻き込む……」
空気が歪む。
(……このまま撃たせたら……)
翔馬は歯を食いしばる。
(町は……!俺が守る!)
逃げる選択肢は、ない。
蒼気の視線が、翔馬を捉えた。
放たれる。
蒼の塊が、音を置き去りにして前進する。
進路上の空間が歪み、
建物が触れる前に崩壊し、
大地が“削り取られる”。
直撃すれば、町は消滅する。
「――ッ!!」
翔馬は、踏み込んだ。
限界を無視した加速。
筋肉が軋み、神経が焼ける。
それでも、止まらない。
(押すしか……ない!!)
両腕に、全身の力を集中させる。
蒼の気ではない。
転生によって得た、別の“存在の力”。
神の気。
拳が、蒼の塊に触れた瞬間――
世界が、弾けた。
「ぐっ……ああああああッ!!」
肉体が、悲鳴を上げる。
皮膚が裂け、
血が蒸発する。
それでも翔馬は、押した。
進路を、わずかに――
ほんの数度、逸らす。
蒼の塊は、町の中心を外れ、
空へと軌道を変える。
次の瞬間。
遥か上空で、蒼が爆ぜた。
ドオオオオオォォォォォ!!
太陽が二つ生まれたかのような閃光。
衝撃波が町を包み、
建物が一斉に揺れる。
光が、世界を呑み込んだ。
衝撃波が、全方位へ解き放たれ、
無闘、花野、与志野、F、田野――
全員が、為す術なく吹き飛ばされる。
「うわああああああ!!!」
だが――
町は、残った。
「……はぁ……はぁ……」
翔馬の身体は、限界を超えていた。
その時。
遅れてきた衝撃が、翔馬を襲う。
「二発目だ……!!」
「!!しまっ――!」
蒼の塊の背後に蒼気が事前に作っておいた保険。
それは小さな蒼の集合体。
先程の塊に比べると限りなく小さい。
だが、それは今の翔馬の意表をつくには
充分すぎた。
時間差の、2重の衝撃。
ドォッッッッ!!!
「――――ッ!!」
翔馬の身体が、宙を舞った。
音速を超える速度で、
地平線の彼方へと吹き飛ばされる。
瓦礫を貫き、
空気が火を噴く。
意識が、遠のく。
(蒼…………気……………)
その思考を最後に、
翔馬の視界は白に染まった。
一方、町の瓦礫の中。
蒼気は自身が翔馬を吹き飛ばした方向を見ていた。
息が切れ、苦しそうに呼吸している。
「ハァ………ハァ………まだ……死んではいないか……」
その声には――
わずかな苛立ちが混じっていた。
町は、消えていない。
それが、何よりの証拠だった。
「ハァ……ハァ……あれを……弾き飛ばすとは……ハァ……保険をかけていて良かった……」
蒼気は、静かに歩き出す。
吹き飛ばされた先――
はるか彼方へ。
終わらせるために。
その時。
「……………?」
何かが、来る。
――視界が、反転する。
空。
翔馬は仰向けで倒れ、じっと空を見つめていた。
音は、もう存在しない。
(…………綺麗だ。)
意識は、途切れていなかった。
翔馬は瓦礫を退かし、立ち上がる。
身体は限界を超え、
感覚は焼き切れ、
普通なら既に“死”に至っている。
だが――
翔馬は、笑った。
(――最高だ)
蒼気の放った圧倒的エネルギー。
吹き飛ばされ、蒼気と翔馬の間に出来た明確な距離。
(助走は……十分すぎる)
翔馬は、身体を捻った。
蒼気のいる方角へ――
身体を“向ける”。
深呼吸をし、次の瞬間。
翔馬は、足を踏み込んだ。
空間そのものを蹴るように。
「――――ッ!!」
加速。
一度目ではない。
二度目でもない。
吹き飛ばされ続けた距離、
蓄積された速度、
そして今ここからの能動的加速。
すべてが重なり合う。
世界が、線になる。
視界は消え、
時間が追いつかず、
因果だけが遅れてついてくる。
(これが……俺の限界……!)
否。
(限界の“先”だ!)
翔馬の存在が、
もはや“人”としての形を保てなくなっていく。
それでも――
止まらない。
蒼気は、異変に気づいた。
「……まずい!」
あり得ない速度で、
“何か”がこちらへ迫ってくる。
全細胞が、警鐘を鳴らす。
蒼気は、即座に防御態勢へ移行する。
蒼の気を全身に纏い、
空間歪曲による緩衝を展開。
だが――
間に合わない。
「――――ッ!!」
衝突。
翔馬の拳が、
蒼気の防御を“貫通”した。
蒼の気が、悲鳴を上げる。
空間歪曲が砕け、
防御層が剥がされ、
蒼気の身体に、直接――
衝撃が叩き込まれる。
「……っ!!?」
蒼気の身体が、くの字に折れる。
音は、後から来た。
ドッッッッッ!!!
世界そのものが叩かれる音。
衝撃波が、円状に拡散し、
雲を吹き飛ばし、
遠くの山々を揺らす。
蒼気は、地面へと叩き落とされた。
何度も跳ね、
何度も削られ、
最後に――深く、地面に埋まる。
静寂。
翔馬は、空中で止まった。
全身から、蒸気のように気が漏れている。
立っているのが不思議なほど、
身体は壊れかけていた。
「ハァ……ハァ……身体痛……」
翔馬は、下を見下ろす。
クレーターの中心。
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