第61話 数奇な人生

 ――世界が、凍りついたように静止していた。


 《MODE昇天・神野》。


 人の形をした“それ”を前に、蒼気は一歩も動けずにいた。


 喉が、ごくりと鳴る。


(……似ている……)


 その存在が放つ圧は、かつて王都の玉座に立っていた“あの人物”と同質だった。


 ――16年前。


 全ての始まり。


 蒼気の脳裏に、忌まわしい記憶が強制的に呼び起こされる。



 その日、王は死んだ。


 戦でも、病でもない。


 何者かに暗殺されたのだ。


 玉座の間は、沈黙に包まれていた。


 王の亡骸の前に立っていたのは、まだ若き野神。


 そして――亡骸の腕に抱かれた赤子。


 無い野。


 王の、唯一の血。


 野神は赤子を見下ろし、冷たく言い放った。


「……危険だ」


 その言葉に、空気が張り詰める。


「この赤子は不吉の前兆だ、現にこの子が生まれてから神界では不幸な事ばかり起こっている……そう思わないか?」


 蒼気は、思わず前に出た。


「……何を言っている」


 野神は感情を見せず、続ける。


「今、ここで抹殺する。

 それが最も合理的だ」


 ――その瞬間。


 蒼気の蒼が、爆ぜた。


「ふざけるな……!」


 蒼気は、野神の前に立ちはだかった。


「王の……!

 あの方の唯一の子だぞ……!!

 それを“危険だから”で殺すと言うのか!」


 玉座の間が、軋む。


 蒼気の怒りは本物だった。


 野神は、初めて視線を上げた。


「……ならば、代案を出せ」


 蒼気は、即座に言った。


「私が守る、監視する。

それでこの子が何かをすれば私の責任だ……その時は……私がこの子を抹殺する。」


 一瞬の沈黙。


 そして、野神は視線を横に逸らす。


「……では、取引だ」


 その視線の先にいたのは――無い野。


 まだ幼く、何も知らぬ王の子。


「こいつは神界から消す。」


「なっ……!?」


「代わりに――いや、正確には」


 野神は淡々と告げる。


「無い野を下界へ追放する」


 蒼気の瞳が見開かれる。


「無い野は殺さない。

 だが、王族としての資格も立場も全て剥奪する」


 蒼気は、歯を食いしばった。


「……それが……妥協だと言うのか……!」


「これ以上はない」


 野神は、はっきりと言った。


「そして……」


 蒼気を見る。


「お前は――

 三剣神の座を降りろ」


 その言葉は、雷だった。


「そして、共に下界へ堕ちろ。

 この二人の“監視役”として」


 蒼気は、長い沈黙の末――


 膝をついた。


「……分かった」


澄んだ青空のはるか彼方にその赤子はいた。

追放された事など知らないようにその赤子は眠りについていた。


1月3日。


彼の数奇な人生は始まった。



記憶が、現在へと引き戻される。


 蒼気は、目の前の存在を見る。


 翔馬だったもの。


 否。


 王の血でも、祝福の器でもない。


 “神に至った存在”。


「……そうか……」


 蒼気の声は、掠れていた。


「お前は……最初から……」


 翔馬は、静かに告げる。


「これはお前が望んだ未来……」


 蒼気の胸に、何かが突き刺さる。


「そして――」


 一歩、前に出る。


「お前が、見誤った未来だ」


 蒼気は構え直した。


 震えは、ない。


 だが、覚悟が変わった。


「私が……見誤るだと?馬鹿を言うなよ翔馬。」


 蒼の気が、再び世界を満たす。


「王の血であろうと、神に至ろうと――

 ここで終わらせる」


 無い野は、立ち上がり、笑った。


「……馬鹿が……蒼気……お前には無理だ……」


 血を吐きながら、言う。


「真の姿になったあいつを止める事など……出来はしない。」


「この世界は……」


 《神野》は、空を見上げる。


「俺が守る。」


 次の瞬間。


 二つの存在が、同時に踏み込んだ。


 真の神。

 堕ちた剣神。


 ――翔馬達の存続を賭けた、最後の戦いが始まる。



無い野は、もはや動けなかった。


 膝をついたまま、荒れ果てた大地に指を食い込ませ、

 ただ二人の存在を見上げている。


(……くそ……動けない……観戦するしか……無いのか……)


 そこに立つのは、

 もはや“戦闘”と呼べる領域ではなかった。


 《神野》と蒼気が向かい合った瞬間、

 周囲の瓦礫が、音もなく宙へ浮かび上がる。


 重力が、意味を失う。


 蒼気は、静かに構えた。


 拳を、前に出す。


 奢りはない。

 あるのは――新たなる肉体と、

 目の前の標的への敵意。


「……なるほどな」


 蒼気は低く呟いた。


「神の気……真の神だけが使える神聖なる力か……」


 《神野》は、わずかに首を傾ける。


 一歩、踏み出す。


 その瞬間、空間が歪んだ。


 蒼気は即座に反応する。


 蒼の気を全身に巡らせ、

 肉体強化を極限まで引き上げる。


 次の瞬間。


 二人の拳が、正面から激突した。

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