第48話 再開

翔馬たちが、あの死闘から完全に日常へ戻って――

 一ヶ月が経っていた。


 蒼気は、意外なほど姿を見せなかった。


 嵐の前触れのような不穏さは残っている。

 だが、校舎には笑い声が戻り、授業は淡々と進み、放課後には部活の掛け声が響く。


 翔馬たちは平和に過ごしていた。


 ――いや。

 平和を装いながら、備えていた。


 精度を磨き、

 祝福の制御を詰め、

それぞれ限界の底を探り続けいた。


 そして翔馬自身もまた、

 MODEとdouble step、その先にある“何か”を模索し続けていた。


 教室で窓の外を眺めながら、翔馬はふと、思う。


(……このまま、ずっと続けばいいのに)


 何も壊れない日々。

 誰も失わない日常。


 だが――

 そんな願いが、叶わないことを、翔馬はどこかで分かっていた。



 放課後。


「先行くね、予定あるから」


 与志野がそう言って手を振り、人混みに消えていく。


「おう、また明日」


 翔馬は一人、校門をくぐった。


 いつもの帰り道。

 見慣れた電柱、コンビニ、夕焼け。


 ――そのはずだった。


 足を止める。


 視線の先。


 街路樹の影に、

 立っている男がいた。


「やぁ」


 懐かしく、そして最悪な声。


「準備は出来たかな?」


 蒼気だった。


 翔馬は、息を吐く。


「……出来てる」


 そして、静かに続ける。


「でも、ここではやりたくない」


 蒼気は意外そうに目を細め、すぐに小さく笑った。


「安心したよ。

 私も、あまり騒ぎは起こしたくない」


 そして、穏やかな声で言う。


「今日は少し、話したいだけだ。

 ……歩こうか」


 翔馬は一瞬迷い――頷いた。



 二人が歩き出した道は、

 かつて児童養護施設にいた頃、何度も並んで歩いた道だった。


 沈黙が続く。


 だが、不思議と居心地は悪くない。


「……懐かしいな」


 蒼気がぽつりと言う。


「よくここ、二人で歩いた」


「……覚えてるんだな」


「忘れるわけがない」


 翔馬は、意を決して口を開いた。


「なあ……」


「今まで……面倒見てくれたのも……全部監視の為だったんだな。」


 蒼気は足を止めた。


 夕焼けが、その横顔を赤く染める。


「……話す時が来た、ということだろう」


 蒼気は、静かに語り始めた。


「元々、翔馬」


「お前の“元の人格”――無い野はな」


「神界の王として、生まれてくるはずだった存在だ」


 翔馬は、息を呑む。


「赤子ながら、その潜在能力は神界そのものを揺るがすほどだった」


「誰もが信じていた。

 ――無い野こそが、救世主だと」


 蒼気の声は淡々としていたが、

 その奥には確かな怒りが滲んでいた。


「だがな……それを快く思わない者もいた」


「筆頭が――」


 蒼気は、名を告げる。


「野神のがみ」


 翔馬の胸が、ざわつく。


「無い野の義理の兄だ」


「エリートの出で、実力もあった。

 本来なら、王になる予定だった男」


「……だが」


 蒼気の目が、冷たくなる。


「無い野が生まれたことで、その座は揺らいだ」


「野神は言ったよ。

 “あれは危険すぎる”

 “必ず神界を滅ぼす”と」


 翔馬は、拳を握る。


「王はそれに反対した。

無い野が平和をもたらすと信じたんだ、だが――」


 蒼気は、低い声で続けた。


「野神は仲間を使い、王を暗殺した」


 空気が、凍る。


「そして、野神は王の座についた」


「赤子だった無い野は――」


 一瞬、間を置いて。


「自らの祝福多重人格の奥底に封印され」


「堕天させられ、神界から追放された」


 沈黙。


 長く、重い沈黙。


 翔馬は、ようやく口を開いた。


「……それが……俺……?」


 蒼気は、頷いた。


「そうだ」


「だから私は、お前を見ていた」


「無い野が、

 そして――お前が、

 何を選ぶ存在になるのかをな」


 夕日が、完全に沈みかけていた。


 蒼気は、歩きながら続けた。


「神界にはな……代々、王に仕える者たちがいる」


 街灯が一つ、また一つと灯っていく。


「王に最も近い側近――

 三人の《3剣神》」


 翔馬は、思わず呟く。


「……3剣神……」


「そうだ」


 蒼気は淡々と頷く。


「そして、その下に直属の部下が七人。

 《7天神》」


 その数だけで、組織の巨大さが伝わってくる。


「私は――」


 蒼気は一瞬だけ、言葉を切った。


「元々、3剣神の一人だった」


 翔馬は、息を呑む。


「……あんたが?」


「元な。」


 蒼気は、あっさりと言い直す。


 翔馬は思わず足を止めた。


「……元?

 じゃあ今は……」


 蒼気は、肩をすくめる。


「クビになった」


 あまりにも軽い言い方だった。


「……は?」


 翔馬が問い返す。


「なんで……?」


 蒼気は、空を見上げた。


 その表情は、どこか可笑しそうで――

 どこか、乾いている。


「さあ、なぜだろうな」


 くつり、と喉を鳴らして笑う。


「都合が悪くなったんだろ」


「あるいは――

 見てはいけないものを見たか」


 翔馬は、言葉を失う。


 蒼気は、再び歩き出しながら続けた。


「野神は私に言った」


 声が、低くなる。


「無い野が妙な動きをしないか監視しろと」


「……多い死と共にな」


 翔馬の脳裏に、

 蒼気が連れていたあの存在が浮かぶ。


(……最初から……でも……じゃあ何で蒼気は多い死を殺したんだ?)


 蒼気は、ちらりと翔馬を見る。


「分かるか?」


「私は最初から――

 “味方”でも“敵”でもなかった」


「ただ、見張りだった」


 沈黙が落ちる。


 街の喧騒が、遠くに聞こえる。


 翔馬は、拳を握った。


「……それを、俺に話した理由は?」


 蒼気は、立ち止まり、ゆっくりと振り返る。


 その瞳には、もう笑みはなかった。


「決まっているだろ」


「お前が――

 どちらに立つのか」


「そして」


 一歩、近づく。


「神界を壊す側か、それとも神界に壊される側なのか。」


 夜風が、二人の間を吹き抜けた。


 この会話が、

 ただの昔話では終わらないことを、

 翔馬は直感していた。


翔馬は、足を止めたまま言った。


「……俺は壊すなんてことはしたくない。」


 蒼気は、少しだけ目を細める。


「だろうな」


 その声には、どこか懐かしむような響きがあった。


「お前は昔からそうだ。

 傷つけられても、やり返さない。

 理不尽を向けられても、誰かを守ろうとする」


 蒼気は、ゆっくりと翔馬を見る。


「だからこそ――

 無い野を復活させて、あいつにやらせようとした」


 一瞬の沈黙。


「……だが」


 蒼気の視線が、鋭くなる。


「無い野との闘いを見て、確信した」


 低く、断言するように。


「お前には――

 無い野を超える才能がある」


 翔馬の胸が、わずかにざわつく。


 蒼気は、一歩踏み出した。


「くどいようだけどこれが最後だ、翔馬」


「俺と共に――

 野神を殺し、王になろう。」


 夜の空気が、張り詰める。


 翔馬は、すぐには答えなかった。


 数秒。

 ほんの、数秒だけ考え――


「……王なんて興味ない。」


 きっぱりとした声。


 蒼気は、目を閉じた。


「……そうか」


 小さく、息を吐く。


「残念だ」


 そして、何気ない調子で言った。


「実はな……

 つい先日、野神様から命令が来た」


 翔馬は眉をひそめる。


「……命令?」


 蒼気は、淡々と告げた。


「抹殺命令だ」


 その一言で、空気が冷え切った。


「再び無い野が復活し、人格分裂が起きている現状を野神様に知られてな」


「だから焦ったんだろう。

 無い野と――その分裂人格全員の抹殺命令が下された」


「……まさか……」


 翔馬の声が、かすれる。


 蒼気は、静かに言った。


「私はな、翔馬」


「野神様にも、お前にも――

 どちらにもつける立場だった」


 振り返らずに、続ける。


「だからこそ、残念だ。」


 そう言って、蒼気は背を向けた。


 その背中に、嫌な予感が走る。


「……蒼気……先生……」


 翔馬が呼び止める。


 だが、返ってきた声は、氷のように冷たかった。


「……もう、俺は先生じゃない」


 翔馬は、一歩前に出る。


「やめろ……こんな所でやるつもりか?」


翔馬は悪寒が止まらなかった。


「あんたも言っただろ、

 騒ぎは起こしたくないって……!」


 蒼気は、ゆっくりと振り返る。


「君が、協力すると言ったなら――

 そういう選択も出来た。

 選んだのは君だ。」


 次の瞬間。


 蒼気の気が、解放され始めた。


 空気が、重く沈む。

 地面が、微かに軋む。


 翔馬は、即座に構える。


(まずい……!)


 一方その頃――


 離れた場所にいた無闘、花野、当て野、与志野たちも、

 同時に異変を感じ取っていた。


「……この圧……!」


「嘘だろ……」


「翔馬の方だ……!」


 彼らは、迷わず走り出す。


 その“根源”へ向かって。


 静かだった日常が、

 音を立てて崩れ始める。


 ――最終決戦が、

 今、始まろうとしていた。

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